2020年4月8日水曜日

精神保健福祉士と自由を望まぬ人15

 午後に、病棟で山崎先生を待った。
 ナースステーションで、午前中の先生の反応を伝えたら、師長は苦い笑いの微妙な顔をした。
 理由を聞くと、「まあそのうち分かるわよ。」とのこと。
 今日は、予定では午後はずっと病棟で入院患者の診察や看護師らとの意見交換などを行うはずだ。しかし、なかなか病棟にこない。
 うーん、とうなっていると、看護師の藤さんがナースステーションに入ってきた。
 「あら。野間さん。何してんの?」
 「いや〜。山崎先生を待っているんです。相談したいことがあって。けど、来ないんですよねぇ。いつもならとっくに来ている時間だと思うんですけど。」
 「ふーん。もしかして、相談したいことがあるって言っちゃった?すでに。」
 「えっ。朝に言いましたよ。けどどうしてですか?」
 「なら逃げるわよ。あのウナギ犬。」
 近くで聞いていた師長が、やだ藤さん、と笑っている。
 野間は、まさかと思った。半信半疑でいると、藤さんが続けた。
 「だってさぁ。いま病棟来るとき、逃げるように立ち去る山崎先生とすれ違ったわよ。」
 聞いていた師長は、納得したようにうなずいていた。
 しかし、野間は、信じられなかった。山崎先生はもう70歳も近いベテランの精神科医だ。嫌だからって逃げるか? 子供じゃないんだから。
 とにかく、野間は、医局に向かった。

 医局は病棟とは別棟にある。
 入ると誰もいない。と思ったら奥の机に伏せている人が顔を上げた。
 「おう。野間君じゃないか。どうした?」
 いたのはナル先生だ。
 「ナル」はもちろん先輩がつけたあだ名だ。ナルシストなのと、よく寝るので睡眠障害のナルコレプシーをかけて、先輩がそうよんでいる。
 「先生。いらしたんですか。」
 「おう。昨日飲み過ぎた。二日酔いだよ。だから、お前の先輩には気づかれるなよ。分かると喜んでちょっかい出しに来るからなぁ。」
 「そうですか。」
 さすが先輩、かな?
 「っで何だって?」
 「ああ。いやじつは、山崎先生を探しているんです。相談したいことがあって。」
 二日酔いで反応が遅いが、先生は思いついたように言った。
 「おお!そういうことかぁ。朝、先生に会ったら、珍しくスニーカーはいてるんだよ。何でか聞いたら、ニヤニヤ笑って、アキレス腱のばして出ていったよ。はっはっは!
 野間は目が点になった。仕事が嫌で逃げ回っているというのは、どうやら本当らしい。

(つづく)


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2020年3月25日水曜日

精神保健福祉士と自由を望まぬ人14

 山崎先生を探す。しかし、やはり見つからない。外来診察の無い時間帯は見つけるのが難しいので、次の日を待つことにした。
 次の日、午前中に外来診察の予定がある。野間は、開始の9時より早く、8時半には外来受付に入って待った。
 外来の看護師たちには、山崎先生に話があるので待たせて欲しいと話すと、捕まえて話すのは無理だろうと笑われた。

 しばらくして、その通りになった。ようやく山崎先生が来たのは、9時を過ぎていたのだ。
 バタバタと自分の担当の診察室に入る先生に話しかける余裕はない。ダメかと諦めかけた時、通りすがりに、先生が急に足を止めた。
 「あれ? 野間君。珍しいですね。どうしたの?」
 野間は、意表を突かれたが答えた。
 「じつは、先生をお待ちしていたんです。」
 「うん? 何か急ぎの用事かい?」
 「あっ。急ぎというほどじゃありませんので、また次回で。」
 先生は完全に体を向き直して、野間に言った。
 「気になるねぇ。本当に時間がないけど、ちょっとだけでいいから何のことか教えて。」
 それならと思い、野間は、とりあえず早口で伝えた。
 「じつは、病棟で長期の方たちを対象にしたグループワークを始めたいと思っているんです。」
 先生の動きが一瞬止まった。そして、「なるほど分かりました。それは僕も何かやるの?」と聞いてきた。
 野間は、「はい。病気の話をしてもらいたいと思っています。」と答えた。
 すると、先生は「なるほど。それは大事な試みだね。じゃあ時間無いから後でね。」と言って診察室に向かった。

 野間は、おっと思った。確かに、大事な試みだと言った。面倒くさいから嫌だと言われるかと思っていたから拍子抜けした感じ。
 先輩のウナギ犬話を聞かされていたので、山崎先生に対して、知らずに偏見を持っていたのかもしれない。そう反省した。

 そこで、相談室に戻って先輩にも言った。
 「先輩。山崎先生にグループワークの話しましたけど、大事な試みだねって言われましたよ。何だか、先輩の話聞いてたからすごい面倒くさがりな先生かと思ってましたよ。」
 先輩は、それを聞いて、「ぷぷぷぷぷっ」と笑いをこらえだした。そして、そのまま「そっかぁ。よかったね。頑張れ、、ぷぷぷぷぷっ」と。
 野間が何がおかしいのか聞いても、いいからいいから、としか答えない。
 室長に振ると、「おっと、悪いですが行かなきゃ」と出ていった。

(つづく) 
 
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2020年3月7日土曜日

精神保健福祉士と自由を望まぬ人13

 次の日。
 野間は、病棟の朝の申し送り後、ナースステーションで二人きりになった時に、師長に話してみることにした。
 「師長さん。ちょっと相談があるんですが。」
 「ん? なあに?」
 「じつは、長く入院している人たちを対象に、病棟でグループワークをやってみたいと思っているんです。」
 「グループワーク?」
 「はい。集団療法とか、集団精神療法とか言ったりもしますが、長期入院患者に退院の意欲を持ってもらったり、地域生活の知識を持ってもらうことを目的にしています。そのために、ドクターによる病気の話とか、看護師による健康的な生活の話とか、心理士による心の持ち方の話とか、薬剤師による服薬の話とか、作業療法士による家事の話とか、精神保健福祉士による社会資源の話とか。そんな知識提供の話と、毎回の患者同士の意見交換の時間を持つんです。不安や悩みを出し合えるように。どうでしょう。」
 「う~ん。それってさぁ。誰を考えてるの? 入院して20年も30年も経ってるような人? 患者を不安にさせるだけなんじゃないかしら? それは困るわよ。」
 やはりそうきたか。野間は、師長がそう言ってくるのを、ある程度予想していた。そのため、説得する言葉を用意していた。
 「確かに、それは心配ですよね。けど、この取り組みは、うちの病院ではまだどこの病棟もやっていない先進的な取り組みなんです。他の病院を見ても、やっている所は少ないんですよねぇ〜。」
 師長の表情が変わった。
 「えっと。野間さん。それほんとかしら? 松田師長の病棟も?」
 師長の眉毛がぴくっと動いた。野間は、よしっと思った。
 「もちろんです。必ずしも退院を目指すということではなく、グループワークは患者のリハビリに非常に効果的だと言われています。しかし、誰もがやれることではありません。相当にリーダーシップのある師長の病棟じゃないと無理でしょうね。あの松田師長もまだやれていません。」
「松田師長もやれていない。ふ~ん。」
 明らかに興味がある様子。なんせ表情に出さないようにしているが、細かく足の貧乏ゆすりが始まった。
 「えっとぉ。まぁ、絶対退院ということではなくリハビリ目的ならいいかもね。そうねぇ。うんうん。」
 野間が、決定だな、と思っていると、はたと師長の貧乏ゆすりが止まった。あれっと思っていると師長が口を開いた。
 「ただ、先生が何と言うかよねぇ。」

 先生とは、ここの病棟担当医の山崎先生のことだ。勤続40年以上のベテラン医師で、あだ名はウナギ犬。そう呼んでいるのは先輩だけだが。
 とにかく、するりするりと仕事をすり抜ける名人。顔もウナギっぽいが、そういう性格なので先輩は陰でそう呼んでいる。最近は、そのあだ名がナースにも伝染し始めているが。
 このウナギ犬、捕まえるのがまずは大変。捕まえても、患者の退院支援のような面倒な事には絶対に近寄らない。それに、へらへらと「患者はここでこのまま死ぬのが幸せなんですよ~。あはっあはっ」と公言してはばからない。
 とにかく、野間は、師長に、自分から山崎先生に説明させて欲しいと了解を得た。
 
(つづく)



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2020年2月25日火曜日

精神保健福祉士と自由を望まぬ人12

 病棟に着くと、老齢の看護師がいた。
 「藤さん。ちょっとお聞きしたいことが。」
 声をかけると、看護師はちょっと慌てていた。警戒してもいるようにも見える。
 「なに、なに? なによ。」
 「あの」
 話し出そうとした時、遮るようにして藤さんが言った。
 「古いカルテのことなら、私は忘れちゃったわよ。もう年なんだからぁ。もっと若い人に聞いてちょうだい。」
 ピシャリと言い放って後ろを向いた。
 野間は粘ろうと思って言った。
 「いや。昔のことじゃなくていいんです。1年前ぐらいに見たESのことなんです。」
 藤さんは、予期していたかのように、すぐに答えた。
 「もう忘れちゃったわよ。」
 「えっ?」
 「はい。おしまいおしまい。忙しいのよ。私。」
 そう言って、追い払われた。

 こう強硬だと野間には何も言えない。
 ESのことは心に引っかかっているが、そこにこだわっていては前に進めないような気もする。
 正直、ESの理解をしなければ、絶対に小林さんの退院を進められないとまでは思ってはいなかった
 野間は、しばらく間を置いてから、また聞いてみることにした。

 長期入院患者の退院支援について、野間には、じつは試したいことがあった。
 それは、グループワークだ。病状的に退院可能な患者を対象にしたグループを作り、働きかける。
 例えば、医者による病気の話や、栄養士による栄養指導、作業療法士による調理や食品購入、そして、精神保健福祉士による社会資源の説明など。
 このような知識提供とともに、患者相互の話し合いで不安要素について出し合い、支え合いながら解消していく。
 こうして、長期入院患者の退院への意欲を高めるのだ。
 
(つづく)

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2020年2月18日火曜日

精神保健福祉士と自由を望まぬ人11

 野間は、脳の深く、芯の部分に麻酔を打たれたかのように、脳全体がジンジンとしびれるような感覚になった。ショックで目の前がくらむ。
 「難しいでしょ。」主任がそう言って、視線を向けてくる。
 気づかれないように、かろうじて「そうですね」と答えた。


 あの時から、一年以上が経つが答えは出ていない。というか、そのことにまだ怖くて向き合えていない。

 うつむく野間を見て、先輩が言った。
 「小林さんのことね。退院支援について考えているんでしょ。」
 野間は、ハッとして顔を上げた。
 「何で分かったんですか?!」
 「当たり前だのクラッカー。そりゃ分かるわよ。いい? 前にも言ったと思うけど、室長語録によれば、クライエントを理解するには、クライエントの過去、歴史を理解することが必要よ。古い患者さんの多くは、ESを受けていたの。小林さんもESを受けていたのでしょう。ESは入院患者にものすごい影響を与えたわ。良くも悪くもね。ESを理解することは、小林さんを理解する一歩になると思うわ。
 野間はうなずいた。けど、どう理解すればいいのか。
 それを察して、先輩が言った。
 「言っとくけど、私に聞いたって分からないわよ。当事者に聞きなさい。当事者にね。もちろん、患者自身だけが当事者じゃないわよ。」
 そう言って笑った。

 野間にはすぐに思い浮かぶ顔があった。
 野間は、急いで立ち上がり病棟に向かった。

(つづく)


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2020年2月11日火曜日

精神保健福祉士と自由を望まぬ人10

 「先輩は電気ショック療法ってどう思いますか?」
 「え? ESね。」
 「はい。」
 「う~ん。そうねぇ。どうかなぁ。けど何で?」
 「いや。実は今日、病棟の倉庫にあった古いカルテを見たら、カルテに『ES』というゴム印がたくさん押されているのを見ました。それを見たら、怖いような申し訳ないような気持ちになって。」

 そう話しながら、野間は思い出していた。
 あれはこの病院に就職してすぐの事だった。主任に連れられ、色々な病棟にあいさつ回りをしている時、ある病棟のドクターが、これからESやるけど見ていくか、と聞いてきた。
 貴重な体験である。野間はすぐに、見たいと答え、急ぎ足のドクターや何人かの看護師のあとについていく。程なく保護室に着いた。

 保護室とは、症状の重い患者を、一時的に隔離するための個室のことだ。観察のためのカメラが設置され、厳重に鍵がかけられる。ベッドとトイレ以外何もない。

 入口付近に着くと、中から怒鳴り声が聞こえる。
 「おい! 俺はどこも悪くねぇよ。キチガイ扱いするんじゃねぇ!!」
 それに対応して、冷静な声。
 「落ち着きなさい。いい? あなたは、どうしてここに連れてこられたか分からないのですか?
 「うるせえ! そんなの知らねぇよ!」
 野間は、ドキドキしながらも、入口に立つドクターや看護師らの隙間から中を覗いた。
 狭い個室の中では、目が血走った大柄な男性患者と看護師がいた。
 看護師は70歳ぐらいだろうか。小柄な老齢の看護師。冷静な声で話している。
 「あなたのために言っているの。このままだと色んな人を傷つけるし、それは回ってあなた自身を傷つけることになるのよ。」
 口調は冷静ながら、一歩も引かない迫力に押されたのか、患者が口ごもる。
 老齢の看護師が「このベッドに横になりなさい。」と言うと、「何だこのやろう!」など抵抗しながらも、なんとか横になった。
 老齢の看護師がにらみ続ける中、別の看護師たちが、素早く口に木片を噛ませ、こめかみにジェルを塗った。間髪入れず、ドクターの掛け声。看護師たちが一斉に手をはなし、一歩後ろに下がる。ドクターは両手に持った電極で患者のこめかみを挟む。患者は、弾かれたように痙攣をし始めた。「ゔーっ! ゔーっ!」何度も何度も唸りながら。やがて、痙攣が収まり、体が硬直し始める。胸はこれでもかというほどのけぞり、手足はこれ以上ないくらいに伸びている。それを、ベッドサイドで冷静に抑える看護師たち。老齢の看護師は、腕時計の針を見て時間を測っている。
 しばらくして、「かはーっ」大きく息が吐き出され、体の硬直が解けた。
 すると、看護師たちが、手慣れた手つきで、木片を外したり、おむつを履かせたりしている。患者は完全に気を失っているようだ。

 野間は、出てきたドクターと目が合った。あっけにとられている野間にドクターが言った。
 「これで終了。どうだ? 驚いただろう?」
 野間は声が出せなかった。それを見て、ドクターは更に続けた。
 「これは善か悪か? どっちだろうか?」
 そう言って、ニヤリとして去っていった。

(つづく)


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2020年1月28日火曜日

精神保健福祉士と自由を望まぬ人9

 その日は、あえてその病棟は避けて、医療相談室での事務作業で時間を過ごした。
 野間はまだ、あのカルテの記録をどう捉えていいのかわからずにいたからだ。

 夕方になり、「おつかレンコン、おつかレンコン」っと先輩が帰ってきた。
 野間は、カルテのことを言おうか迷った。
 しかし、カルテを見て、怖くなって逃げ帰ってきたなんてやっぱり言い出せない。

 野間が、無意識に、「う〜〜ん。」とうなっていると、嬉しそうに近寄ってきた。
 「悩める青年よ。いいね。いいよそのうなりっぷり。いっぱしの精神保健福祉士って感じするねぇ。」
 先輩は、そう言って笑った。
 野間は、自分がうなっているのに気づいていなかったので、恥ずかしくなった。
 それを見て、先輩が続けた。
 「よろしい。今日は気分もいいし、室長語録を授けてしんぜよう。
 そう言って、話し始めた。
 「おほん。人を支援しようとするとき、悩んでしまうのは当然。完全に他人を理解できる人なんていないからね。むしろ、悩まない支援者は、弱くて独善的で未熟な支援者よ。なぜなら、そんな支援者は、必然的にクライエントを見下してしまうゲス野郎だからだ! オーイェー!」
 のってきたらしい。
 「つまり、飛べない豚、もとい、悩まない豚はただの豚だってことだぜ〜! 分かったかいフィオ。それじゃあ俺はカーチスの野郎と一戦交えてくるぜ!」

 先輩は、ここまで言って振り返り、引き気味の野間を見て正気に戻ったのか。振り上げていた腕をおろし、椅子にゆっくりと腰を下ろした。
 そして、落ち着いた声で「えっと。それからね。等身大の自分を受け入れなさい。」一息ついて、「以上、愛の伝道師が送る室長語録でした。」そう言って、微笑んだ。

 等身大の自分を受け入れる。確かにそうだ、野間は納得した。
 ありのまま先輩に話してみようと思った。


(つづく)


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2020年1月21日火曜日

精神保健福祉士と自由を望まぬ人8

 
 倉庫に入るとあまり開けないからか、ずいぶんほこりっぽい。
 右手下を見ると、言われたとおりに背の低い棚があった。上や前には、ホコリ被ったダンボールがたくさん。前のダンボールをどかし、ほこりを払い、腰をかがめて覗き込む。中には、ぎっしりとカルテらしきものが詰まっているのが見えた。しかも無造作に、向きもバラバラに寝かして詰め込まれているので、名前が書かれているであろう背表紙が見えない。それに、背表紙が見えていても名前がないものも多い。
 貴重な記録として残しているというよりは、とりあえずしまっているといった感じだ。
 この病棟に入院している全ての患者のカルテなのだろうか。いやそれにしては多すぎる。

 野間は、とりあえず手前にある一冊を取り出してみることにした。
 随分と分厚く、片手では到底つかみきれない。
 何とか引っ張り出して、近くのダンボールの上に乗せた。
 そのカルテの束は、紐で荷造り風に十文字に縛られている。即席で作られたような背表紙を見ると、マジックで「山田太郎、昭和31年〜昭和62年」とだけ書いてある。
 昭和31年に入院して、昭和62年に退院したということだろうか。
 確かに、この患者はこの病棟にはいない。そう思いながら、野間は自分が少し興奮しているのを感じた。
 なぜなら、昭和30年代といえば、日本に抗精神病薬のクロルプロマジンが導入され、薬物療法が始められた時期だからだ。薬物療法は、精神科医療を一変させるほどの進歩をもたらした。
 それまで、大きな効果のある治療法がほとんど無く、精神科医療は困難を極めていた。薬物療法は現代に続く、近代精神科医療の出発点とも言えよう。
 この患者は、その大きな転換点に入院していたということだ。もちろん、野間も全く知らないわけではない。精神保健福祉士になるための授業で歴史を学んだことはある。しかし、やはりそれは教科書に書けるだけのきれいな情報でしかない。
 つまり、このカルテには大きな歴史の真実が書かれてあると言っても言い過ぎではないだろう。

 野間は、ドキドキと期待しながら、紐を解いた。
 1番表にある新しい紙をはがすと、茶色く変色した表紙が出てきた。触るとポロポロと崩れてしまいそう。
 時代の経過を感じさせるとともに、期待も高まる。
 一枚をそっとめくるとフェイスシート部分で、患者の顔写真や住所、生年月日など書かれている。それも筆でカタカナ書きだ。さらに期待が高まる。

 しかし、パラパラと数枚めくっところで、その期待は一気に冷めた。それどころか、無意識に眉間にシワがより、体が硬直する。
 野間は、反射的に閉じてしまった。慌てて紐で結び直して、元の所にしまい、逃げるように倉庫を出た。「急ぐので」そう言い残して、病棟を駆け出た。
 野間は、とにかく、一刻も早く遠ざかりたい。その一心だった。

(つづく)
 
 
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2019年12月17日火曜日

精神保健福祉士と自由を望まぬ人7

 野間は、それ以上そのことを聞くことはできず立ち止まった。
 なぜ患者さんを殺しかけたのか、なんて、そんなこと冗談でも口にできない。人を殺しかけた話に触れるのが怖い気もしたし、それが現実に精神保健福祉士に起こったことも信じられなかった。
 頭がごちゃごちゃと混乱し、麻痺したようだ。

 反応しない野間を見て、室長は「いずれわかります。」と言った。
 そして、立ち去ろうとして思いとどまり、もう一言しっかりとした声で言った。
 「でも大丈夫。支えてもらえますよ。彼女にね。私もそうでした。

 室長を支えた彼女?
 野間には誰のことを言っているのか分からなかった。ただ考えがまとまらず呆然としてしまった。


 次の日、室長のことは引っかかったままだが、一旦置いておいて、野間は小林の退院支援について考えることにした。
 まず最初にやるべきこと。それは、主治医の判断を確認することだ。どんなに精神保健福祉士が退院可能だと考えても、治療上の責任者は主治医にある。そして、可能なら主治医と意見交換ができるのが望ましい。単に主治医の指示で動くのではなく。それが、チーム医療だ。
 とは言っても、小林さんの主治医はあの人だ。一筋縄では行かない。しっかりとした主張ができなければ。

 そこで、取りあえず小林のカルテを見てみることにした。本人を理解するためにも必要だからだ。
 「クライエントを理解するには、その生きてきた歴史を知ることが不可欠。」と、室長語録帳を紐解いた先輩から教えてもらったことがある。
 野間は、病棟に向かった。
 病棟に着くと、ナースステーションには、高齢の看護婦さんが1人。
 精神科の長期入院患者がいる病棟には、高齢の看護師が多い。他の公立病院を定年後に再就職で来たという人も珍しくない。
 長期入院病棟の変化の無さには、そのような看護師が合うということか。それとも、そのような看護師でも務まるということか。
 ただ、精神科における慢性的な看護師不足があるのは事実だ。
 そして、老齢の者は変化を好まない。

 野間は、看護師に声をかけた。
 「藤さん。小林さんのカルテを見たいんですが、どこにありますか?」
 「え? この棚にあるでしょ。」
 「あっ。すいません。ここにある5年分の前のものを全部見たいんです。支援に役立つと思うので。」
 そう言うと、うーん、と面倒くさそうに唸った。
 「それ以前のって言ったって、何十年とあるのよぉ。大変よぉ。」
 「それでも見たいんです。」
 野間も食い下がる。
 すると、「しょうがないわねぇ。病棟の廊下の奥の倉庫知ってる? そこの右側の背の低い棚の奥に入ってるわ。はいこれ。」と言って鍵を渡してくれた。
 野間は、やれやれと思いながらも、お礼を言って鍵を受け取った。


(つづく)

2019年11月28日木曜日

精神保健福祉士と自由を望まぬ人6

 相談室に戻る途中、室長を見かけた。屋外の小さなテラスで椅子に座ってタバコを吸っている。隣には、年老いた患者さん。
 無言で二人してタバコを吸っているが会話は無い。神妙に静かに。

 その雰囲気に配慮して、野間はそっと後ろを通り過ぎようとした。
 すると、急に話が始まった。室長の声だ。
 「約束通り、聞くぞ。いいか。」
 患者さんは慌てることもなく、顔を上げて静かに答えた。
 「ああ。分かっているよ。聞いてくれ。」
 室長はうなずいた。
 「入院して40年になるな。そろそろ退院してみないか?」
 一呼吸おいて、患者さんが答えた。
 「俺はまだ退院しないよ」
 すると、室長はあっさりと、「そうか。分かったよ。じゃあまたな。」
 そう言い残して、あっさりと席を立った。
 立ち上がったところで野間と目が合った。

 「おっ!」そう言って、一緒に歩きだした。
 歩きながら、懐かしそうに、「あの患者とは長いんですよ。私がここに来た時からいる。はっはっは。こう見えても、私も若かった時があるんですよ。」と言った。

 ジョーダンのつもりのようだったが、野間はもやもやしていて笑えなかった。
 そんなに長く入院している人の退院への働きかけが、あんなぶっきらぼうであっさりしたものだなんて。

 野間は、思い切ってこのもやもやをぶつけてみた。
 「室長! 本当にあの患者さんを退院させたいなら、もっと説得の方法が何かあるんじゃないですか? あんなにあっさり引き下がったらダメなんじゃないでしょうか。」

 室長は、そのまましばらく歩き、前を向いたままでつぶやくように。
 「私は、彼を殺しかけたんです。」そう言って、悲しそうに微笑んだ。


(つづく)



2019年11月19日火曜日

精神保健福祉士と自由を望まぬ人5

 おじいちゃんやおばあちゃんが亡くなった時、当然葬式が行われた。
 泣き崩れる母に寄り添って、野間は、後悔が頭の中を満たしていくのを感じた。おじいちゃんやおばあちゃんに、もっとこうしていれば、ああしていれば。亡くなってしまった後には、もうどうしようもないことを。
 呆然としている野間に、いつも無口な父が一言だけ言った。
 「泣きなさい。」その声は優しくも強かった。
 野間は、それをきっかけに母と手を取り合って泣いた。

 泣き終えて、静まり返った火葬場で待つ間、考えた。葬式をしたり墓を立てることは、亡くなった人のためではあるが、それは結局、残された人のためなんじゃないか。そのような儀式を経て、残された人は自分の気持ちを整理する。否認、後悔、怒り、悲しみ、寂しさ。
 この無縁仏の墓もそうだろうか。
 この墓が、病院の職員、一緒に入院していた患者さんたちに、しょうがなかったんだという気持ちの整理をもたらしているのだろうか。
 もしそうなら、それは危険なことかもしれない。なぜなら、そう気持ちを整理することで、職員の退院への働きかけが滞ったり、患者さんたちの退院したいという気持ちを低下させることにもなるんじゃないか。諦めを強化するということだ。
 それはいけない。諦めてはいけない。

 野間は顔を上げ、くるりと墓に背を向けた。そして、歌を口ずさみながら一歩踏み出した。
 口ずさんだ歌は、もちろん水戸黄門の〆の部分。

 「♬泣ーくーのーが、いーやーなーらー、さーあ、あーるーけ〜〜♬」


(つづく)


2019年11月13日水曜日

精神保健福祉士と自由を望まぬ人4

 病院の裏手には大きな大きな墓石がある。表面には何か書いてあるようだが、宗教用語なのか読めない。
 野間も何だろうかと以前から気になってはいた。

 その前に仁王立ちに立って、先輩が言った。
 「こら!後輩!この墓前でもそんな軽口がきけるのかい!こちらにおわすお方をどなたと心える。先の副将軍、水戸の光圀公にあらせられるぞ!ひかえおろ〜!」
 野間が、リアクションに困っていると説明してくれた。

 「えっと、ここはね、この病院で亡くなった患者さんの中で、身寄りが無かったり、家族が引き取りを拒否した人たちの遺骨をおさめているお墓よ。無縁仏ね。」

 野間は驚いた。そのような患者さんたちがいるのは想像できたが、実際にその墓を見ると、圧倒されてしまう。
 先輩は続けた。
 「ここに入っている人たちの多くは、簡単に言うと寿命よね。高齢で亡くなったわ。死亡退院よ。退院をかなえることなくね。中には、退院について考えることも、退院したいと言うことさえも許されず、胸の奥深くにそっと閉じ込めて、ついには行ってしまった方もいるでしょう。」
 野間は、静かに聞いていた。
 それを確認するようにしてから、急に、先輩は去っていった。歌いながら。
 「♬じーんせーい、楽ありゃ苦ーもあーるーさー♬」

 残された野間は、しばらくそこから動けなかった。
 なぜなら、不意に、すでに亡くなった自分の、大好きなおじいちゃんやおばあちゃんの顔が浮かんできて、その墓石に重なったからだ。
 ぐっと涙をこらえていた。



(つづく)



 

2019年11月5日火曜日

精神保健福祉士と自由を望まぬ人3

 病棟を出て、医療相談室に戻ると先輩がいた。
 「おかえりんご〜!」

 相変わらずの陽気さに少し引きながらも、それでもほっとさせてくれる雰囲気を持っている。若くて美人だし、精神保健福祉士としての経験も知識もある。
 ただ、不思議なのは、医療相談室の室長を崇拝していることだ。
 室長は、小太りで中年のおじさん。いつもフラフラと病院内を放浪していて、とても崇拝されるような精神保健福祉士には見えない。けど、先輩によれば、室長はカリスマ精神保健福祉士らしい。室長から教わったという言葉を書き溜めている“室長語録帳”が先輩の宝物だ。
 野間は、この精神科病院に就職して2年、いくら先輩に説明されても理解できない。いまでは、その話になると面倒くさいので、あまり触れないようにしている。

 「先輩。」
 「なんだね後輩。」
 「西の1病棟に入院している小林さんってご存知ですか?」
 「ああ。知ってるわよ。何かあったの?」
 「はい。実は今日、私と退院の話をしていた高橋さんが、近くに座っていた小林さんにも退院を勧めたんです。小林さんは無理だと言うのに引かずに。私も、なんで退院したくないのかって聞きました。そしたら小林さんが不穏になっちゃって。」
 「そっかぁ。それは、長期入院患者あるあるだね。」
 「そうですよね。しかしまぁ。退院がそんなに不安なんですね。」
 「そりゃあ、何十年も暮らしている、慣れ親しんだ所から出て、全く新しい所に行くのって、誰でも不安になるわよ。」
 「そうですね。無理せず、そっとしておくのがいいんでしょうね。

 それを聞いて先輩の動きが止まった。そして、急にこわい顔になって言った。
 「ちょっとついてきなさい!」
 先輩は相談室を出て、病院の裏手に向かった。


(つづく)

2019年10月29日火曜日

精神保健福祉士と自由を望まぬ人2

 平静を装い、野間は答えた。
 「あっ。いや。どうしたんですか?」
 「どうしたもこうしたもないわよ。さっき、動揺した感じで小林さんが私に言いに来たのよ。僕を退院させないでくださいってね。どうしてって聞いたら、さっき野間さんと話して、って言ったのよ。あなた退院するように言ったんじゃないでしょうねぇ!」
 野間が、「あっ」と思い出したように言うと、更に怒鳴り声が続いた。
 「小林さんが何年入院してるか分かってるの?30年以上よ!あなたがまだ生まれるずっと前から、小林さんはここにいるの。外の世界も知らず、そんなに長く入院している患者が退院なんてできるわけはないでしょう!」
 野間は、圧倒されながらも何とか口を開いた。
 「ちょ、ちょっと待ってください。私は退院を勧めていませんよ。
 そう言うと、師長は驚いた顔をして止まった。
 「今日、病棟を歩いていたら高橋さんから声をかけられましたが、ちょうど引っ張られて座ったところに小林さんがいたんです。高橋さんの訴えは退院したいという話だったんですが、そのやり取りの中で、高橋さんが小林さんに退院したいだろう、と声をかけました。」
 師長は素直にうなずきながら話を聞いている。
 「小林さんは、退院は無理だというのですが、高橋さんが食い下がったんです。それで、私もなぜ無理だと思ってるんですか、と聞いてみました。答えませんでしたけどね。それだけです。なので、別に勧めたわけではありませんよ。」
 「ふーん。なるほど。そうだったのね。」
 そう言ってから、ころっと表情を和らげて言った。照れ隠しもあるのだろう。
 「私もそう思ったのよ。野間さんがいきなり小林さんに退院を勧めるなんておかしいなと。はっはっは!」

 師長の良い所は、思い込みは激しいが、すぐに修正できるところであると野間は評していた。猪突猛進だが、正義感が強いので味方につければとても心強い。

 とにかく、この局面を抜けられて、野間はほっとした。ほっとはしたが、けど引っかかるものがあった。
 病状的には問題ないのに退院をしたがらない小林さんと、それをガッチリと肯定して保護している師長。
 そして、この様な特殊な組み合わせは、二人に限った話ではない。この病棟全体、いやこの病院全体、いやもっと大きく、日本の精神科病院全体のあちらこちらで起こっているのではないか
 野間は漠然とそう感じた。


(つづく)


2019年10月24日木曜日

精神保健福祉士と自由を望まぬ人1

 病棟フロアーのテーブル。向かい合わせに座っている小林は、ただいつものように微笑んでいた。
 隣に座る高橋の話を聞くともなく、時折、うなづきながら。
 高橋は、この精神科病院から退院したいと訴えている。
 ただ、退院を訴えている相手は、小林ではなく、隣に座る精神保健福祉士の野間だった。
 野間は、精神保健福祉士として、患者である高橋の話に耳を傾けていた。

 さっき、野間は、高橋に病棟で呼び止められ、たまたま座った所に小林がいた。意図せず、小林も加わって、男三人で話す形になった。

 「だからおれは退院したいんだよ。」
 「そうですか。病気も良くなったんだから退院できるはずだということですね。」
 「そうそう。そうだよ。」
 「主治医の先生はなんて言ってるんですか?」
 「山本先生は、もう少し幻聴が治まってから考えようって。もう少し様子を見てからだってさぁ。」
 「なるほど。幻聴が聞こえるんですね。」
 「いやいや。オレのは幻聴じゃないよ。たぶん。いや聞こえるから。本当の声が。」

 少し表情が弱くなった。自分でも幻聴を自覚し始めているのかもと野間は思った。精神障害の回復には、幻聴を消し去ることも大事だが、聞こえていたとしても、それが幻聴であると自覚できることも大事だ。自覚できると、それに振り回されることはなくなる。振り回されなければ、生活に支障が出ないから、それも回復と言って良いだろう。
野間がそんなことを考えていると、ふと、高橋は、小林に向き直り、「なぁ。小林さんも退院したいだろ」と言った。
 すると、小林は表情を変えず「僕には無理です。」と即答した。
 「無理ってどういうことだよ。小林さんは、何も問題ないだろうよ?」

 確かにカルテを見ても、随分長い間、精神症状らしきものは出ていない。入院期間は35年間と長く、年齢も67歳と高いが、体も健康だし、病棟の掃除や配膳、声をかければ病院敷地内の掃き掃除もすすんでやってくれる。
 野間も退院できるんじゃないかと思った。

 そこで、「なぜ退院できないと思っているんですか?」と聞いてみた。
 しかし、微笑んだままで答えない。

 その日の夕方、野間は看護師長に呼ばれた。
 看護師長は、大柄な中年の女性。豪快な言動は時に人を傷つけるが、本人はいたって気にしていない。
 その看護師長からだったので、ドキドキしながらナースステーションに行くと、いきなり怒鳴られた。
 「あなたねぇ! 小林さんに何言ったのよ!!」
 地下から響くような怒鳴り声に、野間は飛び上がりそうになった。

(つづく)


2019年10月19日土曜日

精神保健福祉士と自由を望まぬ人(はじめに)

 以前、精神科病院での実習を終えた学生から、指導者である精神保健福祉士から受けたとする指導内容を聞いて愕然とした。一種の焦燥感のような、危機感のような、そんな感情を持った。
 その学生によると、精神科病院勤務のその精神保健福祉士はこう言ったそうだ。

 「私はね。患者を退院させることに傾きすぎた今の日本の状況をおかしいと思ってます。もっと冷静に、客観的にその患者が退院できるかを判断するべきだと思うんです。

 確かに一見正論に聞こえる。
 しかし、それを精神障害を持ち、過酷な環境を強いられてきた方々に対して言えるだろうか。家族や人生を奪われてきた人々に言えるのだろうか。
 私は、偏っていると言われても、それでも退院を推し進めるべきであると思う。
 もちろん、どのような方法で、どのような速度で、といったことは個別化されなければならない。ついには退院に至れない方もいるだろう。
 しかし、病院で一生を終えてもいいなどと精神保健福祉士が判断できることではないし、するべきではない。
 私が精神科病院で出会った、退院が叶わずに亡くなった多くの患者さんを思うといたたまれない

 今回の物語は、この想いが原点となっている。
 読み終えた方々が、精神科病院に長期間入院している方々のことを想い、早期退院を願わずにはいられなくなることを願って書き進めたい。

 

(つづく)


 
 
 
 
 

2015年5月20日水曜日

精神保健福祉士と自由を望まぬ人53

 ただ、問題はこちらよりも看護記録の方だ。なにしろ、看護記録には毎日の患者の様子が書かれている。
 つまり、小林さんがESによって何を感じ何を訴えていたのかが書かれているはずだ。
 野間は大きく息を吐いてから、看護記録の方に手を伸ばした。今と同じく、一日一行と短いながら、入院してから毎日の様子が書かれてある。

 「昭和三十年四月三日 本日入院。落ち着いて過ごす。配膳など周りを見てやれている。」
 「昭和三十年四月四日 周りの患者から問われ、すぐ帰りますからとこたえている。身なり整っている。」
 「四月五日 いつまでもここでお世話にはなるのは申し訳ないですから帰りたいと言ってくる。」

 野間は日付をたどる。
 ESが初めて行われたのは、入院三日目。四月六日ということになる。

 「四月六日 もう帰りますからと言うが、配膳や掃除を手伝う。」

 初めてESを行ったはずだが、取り立てて記述がない。次の日にも、その次の日にも、ESに関する記述は見られない。一週間後の二回目の時にもそうだ。やはり記述がない。
 ESは治療であって、看護記録の対象ではないのだろうか。
 そう気を許していたら、記述が出てきた。
 一ヶ月後、「五月三日 ESをやめてほしい。早く家に返してほしいと何度も訴える。」とある。
 その五日後の記録。
 「五月八日 『こんなに何度も電気をやるから殺されるのじゃないか』と言っている。」
鍵と鉄格子のある病棟で、訳もわからず電気ショックを受ける。それも、殺されるかもしれないという恐怖にさいなまれる。
 この恐怖は如何ほどのものであろうか。

 さらに先に進む。
 「五月二十日 『私は罪を犯したのでしょうか』とまわりに言っている。」
 罪とは何か。その後の記録を見ていくが、はっきりとは出てこない。ただ、段々にだが、明らかに状態が悪くなっている。言葉が雑になり、行動が反抗的になってきている。
 「五月二十五日 『先生から話をするように言われるが、やはり私が何か知っているということか』とこわい顔でたずねてくる。」
 「五月二十七日 声掛けに応じないことが増えた。あからさまにかぶりをふることもある。」
 「五月三十一日 いきなり『俺は何も知らない』とさけんで同室の患者を叩く。」
 礼儀正しく、控え目な印象の小林さんだったが、この日、初めて暴力をふるう記録が出てきた。


(つづく)



 以前、精神科病院での実習を終えた学生から、指導者である精神保健福祉士から受けたとする指導内容を聞いて愕然とした。一種の焦燥感のような、危機感のような、そんな感情を持った。
 その学生によると、精神科病院勤務のその精神保健福祉士はこう言ったそうだ。

 「私はね。患者を退院させることに傾きすぎた今の日本の状況をおかしいと思ってます。もっと冷静に、客観的にその患者が退院できるかを判断するべきだと思うんです。

 確かに一見正論に聞こえる。
 しかし、それを精神障害を持ち、過酷な環境を強いられてきた方々に対して言えるだろうか。家族や人生を奪われてきた人々に言えるのだろうか。
 私は、偏っていると言われても、それでも退院を推し進めるべきであると思う。
 もちろん、どのような方法で、どのような速度で、といったことは個別化されなければならない。ついには退院に至れない方もいるだろう。
 しかし、病院で一生を終えてもいいなどと精神保健福祉士が判断できることではないし、するべきではない。
 私が精神科病院で出会った、退院が叶わずに亡くなった多くの患者さんを思うといたたまれない

 今回の物語は、この想いが原点となっている。
 読み終えた方々が、精神科病院に長期間入院している方々の早期退院を願わずにはいられなくなることを目指して書き進めたい。





 
 

2015年5月14日木曜日

精神保健福祉士と自由を望まぬ人52

 ようやく、一呼吸つき、他の部分にも目を向けられた。
 よく見てみると、分厚いそのカルテは、大きく二つに分かれているようだ。五対一ぐらいの分量。
どうやら、その少ない方が医師のカルテで、大きい方が看護記録のようだ。
 医師のカルテには、患者の写真や住所などが書かれたものが一番上にある。今ではフェイスシートとも呼ばれる、患者の個人情報が書かれたものだ。住所は、日本海側の小さな村の場所が書かれていたようだが、二重線で消されている。その上に、新たに書き加えられている住所は、この病院のものだ。
 これは何も珍しいことではない。両親が亡くなり、面倒を見られる家族がいなくなれば、生活保護を受給することを考えて、住民票を病院に移動するのだ。この時点で、実家の家も処分されている場合も多い。そうなれば、当然、退院の道は大きく閉ざされる。

 もう一つの大きな束が看護記録。表紙に同じ写真が貼られている。こちらには、フェイスシートはない。名前と写真のみ。
 一枚めくると、墨書きで細かく記述がある。毎日の様子を箇条書き的に書いてあるようだ。毎日、基本的には一行ずつ書かれている。

 野間は、医師のカルテを取り直し、大きく深呼吸した。
 他の患者のカルテであったが、以前見たカルテにあったESの印鑑の無機質な羅列。あれがこの小林さんのカルテにもあるのではないだろうか。いや、きっとある。そう思おうと、やはり以前見たESの記憶がよみがえり、ぐっと胃の辺りが重くなる。
 それでも、ゆっくりではあるが、意を決して開いた。
 最初のページの記述に目を向けようとするができない。無意識的に、引っ張られるように、ぱらぱらとめくる。ドキッという動機とともに、やはりそれを見つけてしまった。
 圧倒的な存在を誇示するかのように、それはそこにあった。

 「ES施行」

 ゴムで作られた印。ややかすれているが、太く、確かに、無機質に。それは、一つではない。間をおかずにいくつも連なっている。どこまでも続いているような、終わりの無いような。
 ぱらりぱらりとページをめくる手が少ししびれてきたような気がする。それでも、止められない。めくるたびに、鈍く、重く、それは姿を現し続ける。繰り返し現れる姿に、野間は目まいを覚えた。それでも止まらない。呆然とただめくる動作が惰性となって、ただ動いているような、そんな錯覚にも陥った。


(つづく)



 

2015年5月7日木曜日

精神保健福祉士と自由を望まぬ人51

 「なっなっなんでですか? なんでそんなところに。」
 藤さんは立ち止まって、少しだけ驚いた顔をした。そして、一瞬だけ、微かに笑みを見せただけだった。

 野間は、藤さんと別れた帰り道。暗い小道を歩きながら、考えをめぐらせていた。
 やはり強制的なESが山田さんの妄想を活発にしてしまったのだろうか。その可能性は否定できない。過去のドクターやナースが何をしたのか。精神科に関わる、あとに続く私たちはそれを知る必要がある。しかし、その行為を行った個人を責める権利は無い。
 もちろん、悪意をもって行った人がいるとしたら、それは責られるべきだ。しかし、善意をもってそれを行ったのだとしたら、そうするべきではない。それが正しかったのかどうかは、時間の経過の中で、自らが自らを問うことになるはずだからだ。山崎先生や藤さんのことを考えると、そう思わずにはいられない。
 そうなると、今の自分にできることはなんだろうか。過去を知り、それを踏まえた上で、今の精神科病院が患者さんにとってより良くあることができるように努めることだろう。退院できない状態、状況をつくったのだとしたら、それを今から精算しなければならない。本来、退院できていたはずの多くの長期入院患者さんたちが、退院し地域に戻るということだ。

 次の日の朝、野間は小林さんの病棟の倉庫に向かった。
 ほこりを払いながら、背の低いロッカーから、小林さんの名前が書かれてあるカルテの束を探す。
 すると、隅の方に鉛筆の走り書きで書かれている小林さんのカルテを見つけた。そっと抜き出し、近くの段ボールの上に乗せた。
 ゆうに30センチ以上はあるその大きなカルテのほこりをきれいに払う。荷作り紐を慎重にほどくが、古く変色しているため、やはり端の方が一部パリパリと崩れ落ちた。
 更に慎重に、とりあえずで表紙にされている便箋様の割と新しい紙を外すと、カルテの1枚目が出てきた。
 まず目に飛び込んでくるのは、モノクロの顔写真だ。おそらく、小林さんであろう人物が写っている。明らかに若く、そして、険しい。写真を取る人物をにらみつけているような、困惑したような表情。今の小林さんからは想像もつかない。
 何を思っているのだろうか。しばらく野間はそこから進めなかった。


(つづく)



 

2015年4月22日水曜日

精神保健福祉士と自由を望まぬ人50

 しかし、酔いもあるのか、本気でやめさせようとしているわけではない。にこにこして話し出すのを待っている。
 それを受けて、師長が話し出した。
 「あの山崎先生にね。山崎先生よ! しかも、今みたいなうなぎ犬じゃなくてさぁ。ハイエナみたいにギラギラしてた頃のうなぎハイエナでさぁ。俺の言うとおりにしろ!が口癖よ。」
 師長も酔いが回ってきているようだ。話が回りくどい。
 「そのうなぎがさぁ。お腹空いてそうだったから、パイあげたのよ。うなぎパイ。アッハッハッハ!」
 ダメだこりゃ。野間はがっくりとした。
 すると、「ハイハイハイ!!」。先輩が力いっぱい手をあげている。
 しょうがないので、「はいどうぞ。」と指すと、ばっと立ち上がって「あそれっあそれっ」と、うなぎすくいならぬどじょうすくいの真似を始めた。
 師長も一緒に始めたので、これはダメだと思っていたら、藤さんが声をかけてきた。
 「退散した方がいいわね。私は帰るわよ。」
 そう言うので、野間も付いて出ることにした。
 藤さんは、慣れたように店のおばあちゃんに、「つけといて。それから、悪いけど、あっちは適当に外に放り出してちょうだい。」そう言って出ていった。
 野間は少し躊躇したが、うなぎをつかむ手つきで、成宮の首を絞め始めた先輩を見て、迷わず外に出た。

 先に歩く藤さんに追いついて、横に並ぶ。藤さんは目で確認することなく、そのまま話した。
 「さっき、師長が言おうとしたことってさぁ。何か知りたい?」
 「あっ、はい知りたいです!」
 野間がそう答えると、ニヤッと笑って言った。
 「私が山崎先生の頭をはたいたことよ。」
 「え~〜!! 山崎先生の頭を!?」
 「うふふっ。そうよ。あの先生、今は偉そうだけど、私よりも五つ年下なのよ。」
 「へぇ~。そうなんですかぁ。」
 「そうそう。この病院に入ってきて、まだ何年も経ってなかったかしら。ESで呼吸が止まった患者を見て固まっちゃってね。早く蘇生をしなさいってはたいてやったのよ。うふふっ。まぁ勢いよね。」
 「はははっ、なるほど。」
 「それ以来、仲良くなっちゃってさ。うふふっ。今日もあなたが来る前に飲んでいたのよ。あの店で。」
 「そうだったんですかぁ。一緒に飲めなくて残念でした。」
 そう言うと、藤さんは歩きながら考え込むように無口になった。その雰囲気に押されて、野間も黙って歩く。
 何か悪いこと言ったっけなぁと考えていると、藤さんが口を開いた。
 「いや、会わなくてよかったのよ。私も山崎先生もあの店じゃあ、いくら飲んでも酔えないんだから。」
 「あの店では酔えない? 酔えないのにつけにしてもらえるぐらい常連なんですか?」
 「そうよ。」
 野間が首をひねっていると、一息ついてから、藤さんが言った。
 「あの店は、私達が死なせてしまった患者の実家なのよ。そして、あの年配の女性が母親よ。」
 「ええーーー!!!」
 野間は思わず叫んでいた。


(つづく)