2019年10月29日火曜日

精神保健福祉士と自由を望まぬ人2

 平静を装い、野間は答えた。
 「あっ。いや。どうしたんですか?」
 「どうしたもこうしたもないわよ。さっき、動揺した感じで小林さんが私に言いに来たのよ。僕を退院させないでくださいってね。どうしてって聞いたら、さっき野間さんと話して、って言ったのよ。あなた退院するように言ったんじゃないでしょうねぇ!」
 野間が、「あっ」と思い出したように言うと、更に怒鳴り声が続いた。
 「小林さんが何年入院してるか分かってるの?30年以上よ!あなたがまだ生まれるずっと前から、小林さんはここにいるの。外の世界も知らず、そんなに長く入院している患者が退院なんてできるわけはないでしょう!」
 野間は、圧倒されながらも何とか口を開いた。
 「ちょ、ちょっと待ってください。私は退院を勧めていませんよ。
 そう言うと、師長は驚いた顔をして止まった。
 「今日、病棟を歩いていたら高橋さんから声をかけられましたが、ちょうど引っ張られて座ったところに小林さんがいたんです。高橋さんの訴えは退院したいという話だったんですが、そのやり取りの中で、高橋さんが小林さんに退院したいだろう、と声をかけました。」
 師長は素直にうなずきながら話を聞いている。
 「小林さんは、退院は無理だというのですが、高橋さんが食い下がったんです。それで、私もなぜ無理だと思ってるんですか、と聞いてみました。答えませんでしたけどね。それだけです。なので、別に勧めたわけではありませんよ。」
 「ふーん。なるほど。そうだったのね。」
 そう言ってから、ころっと表情を和らげて言った。照れ隠しもあるのだろう。
 「私もそう思ったのよ。野間さんがいきなり小林さんに退院を勧めるなんておかしいなと。はっはっは!」

 師長の良い所は、思い込みは激しいが、すぐに修正できるところであると野間は評していた。猪突猛進だが、正義感が強いので味方につければとても心強い。

 とにかく、この局面を抜けられて、野間はほっとした。ほっとはしたが、けど引っかかるものがあった。
 病状的には問題ないのに退院をしたがらない小林さんと、それをガッチリと肯定して保護している師長。
 そして、この様な特殊な組み合わせは、二人に限った話ではない。この病棟全体、いやこの病院全体、いやもっと大きく、日本の精神科病院全体のあちらこちらで起こっているのではないか
 野間は漠然とそう感じた。


(つづく)


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