2020年2月25日火曜日

精神保健福祉士と自由を望まぬ人12

 病棟に着くと、老齢の看護師がいた。
 「藤さん。ちょっとお聞きしたいことが。」
 声をかけると、看護師はちょっと慌てていた。警戒してもいるようにも見える。
 「なに、なに? なによ。」
 「あの」
 話し出そうとした時、遮るようにして藤さんが言った。
 「古いカルテのことなら、私は忘れちゃったわよ。もう年なんだからぁ。もっと若い人に聞いてちょうだい。」
 ピシャリと言い放って後ろを向いた。
 野間は粘ろうと思って言った。
 「いや。昔のことじゃなくていいんです。1年前ぐらいに見たESのことなんです。」
 藤さんは、予期していたかのように、すぐに答えた。
 「もう忘れちゃったわよ。」
 「えっ?」
 「はい。おしまいおしまい。忙しいのよ。私。」
 そう言って、追い払われた。

 こう強硬だと野間には何も言えない。
 ESのことは心に引っかかっているが、そこにこだわっていては前に進めないような気もする。
 正直、ESの理解をしなければ、絶対に小林さんの退院を進められないとまでは思ってはいなかった
 野間は、しばらく間を置いてから、また聞いてみることにした。

 長期入院患者の退院支援について、野間には、じつは試したいことがあった。
 それは、グループワークだ。病状的に退院可能な患者を対象にしたグループを作り、働きかける。
 例えば、医者による病気の話や、栄養士による栄養指導、作業療法士による調理や食品購入、そして、精神保健福祉士による社会資源の説明など。
 このような知識提供とともに、患者相互の話し合いで不安要素について出し合い、支え合いながら解消していく。
 こうして、長期入院患者の退院への意欲を高めるのだ。
 
(つづく)

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2020年2月18日火曜日

精神保健福祉士と自由を望まぬ人11

 野間は、脳の深く、芯の部分に麻酔を打たれたかのように、脳全体がジンジンとしびれるような感覚になった。ショックで目の前がくらむ。
 「難しいでしょ。」主任がそう言って、視線を向けてくる。
 気づかれないように、かろうじて「そうですね」と答えた。


 あの時から、一年以上が経つが答えは出ていない。というか、そのことにまだ怖くて向き合えていない。

 うつむく野間を見て、先輩が言った。
 「小林さんのことね。退院支援について考えているんでしょ。」
 野間は、ハッとして顔を上げた。
 「何で分かったんですか?!」
 「当たり前だのクラッカー。そりゃ分かるわよ。いい? 前にも言ったと思うけど、室長語録によれば、クライエントを理解するには、クライエントの過去、歴史を理解することが必要よ。古い患者さんの多くは、ESを受けていたの。小林さんもESを受けていたのでしょう。ESは入院患者にものすごい影響を与えたわ。良くも悪くもね。ESを理解することは、小林さんを理解する一歩になると思うわ。
 野間はうなずいた。けど、どう理解すればいいのか。
 それを察して、先輩が言った。
 「言っとくけど、私に聞いたって分からないわよ。当事者に聞きなさい。当事者にね。もちろん、患者自身だけが当事者じゃないわよ。」
 そう言って笑った。

 野間にはすぐに思い浮かぶ顔があった。
 野間は、急いで立ち上がり病棟に向かった。

(つづく)


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2020年2月11日火曜日

精神保健福祉士と自由を望まぬ人10

 「先輩は電気ショック療法ってどう思いますか?」
 「え? ESね。」
 「はい。」
 「う~ん。そうねぇ。どうかなぁ。けど何で?」
 「いや。実は今日、病棟の倉庫にあった古いカルテを見たら、カルテに『ES』というゴム印がたくさん押されているのを見ました。それを見たら、怖いような申し訳ないような気持ちになって。」

 そう話しながら、野間は思い出していた。
 あれはこの病院に就職してすぐの事だった。主任に連れられ、色々な病棟にあいさつ回りをしている時、ある病棟のドクターが、これからESやるけど見ていくか、と聞いてきた。
 貴重な体験である。野間はすぐに、見たいと答え、急ぎ足のドクターや何人かの看護師のあとについていく。程なく保護室に着いた。

 保護室とは、症状の重い患者を、一時的に隔離するための個室のことだ。観察のためのカメラが設置され、厳重に鍵がかけられる。ベッドとトイレ以外何もない。

 入口付近に着くと、中から怒鳴り声が聞こえる。
 「おい! 俺はどこも悪くねぇよ。キチガイ扱いするんじゃねぇ!!」
 それに対応して、冷静な声。
 「落ち着きなさい。いい? あなたは、どうしてここに連れてこられたか分からないのですか?
 「うるせえ! そんなの知らねぇよ!」
 野間は、ドキドキしながらも、入口に立つドクターや看護師らの隙間から中を覗いた。
 狭い個室の中では、目が血走った大柄な男性患者と看護師がいた。
 看護師は70歳ぐらいだろうか。小柄な老齢の看護師。冷静な声で話している。
 「あなたのために言っているの。このままだと色んな人を傷つけるし、それは回ってあなた自身を傷つけることになるのよ。」
 口調は冷静ながら、一歩も引かない迫力に押されたのか、患者が口ごもる。
 老齢の看護師が「このベッドに横になりなさい。」と言うと、「何だこのやろう!」など抵抗しながらも、なんとか横になった。
 老齢の看護師がにらみ続ける中、別の看護師たちが、素早く口に木片を噛ませ、こめかみにジェルを塗った。間髪入れず、ドクターの掛け声。看護師たちが一斉に手をはなし、一歩後ろに下がる。ドクターは両手に持った電極で患者のこめかみを挟む。患者は、弾かれたように痙攣をし始めた。「ゔーっ! ゔーっ!」何度も何度も唸りながら。やがて、痙攣が収まり、体が硬直し始める。胸はこれでもかというほどのけぞり、手足はこれ以上ないくらいに伸びている。それを、ベッドサイドで冷静に抑える看護師たち。老齢の看護師は、腕時計の針を見て時間を測っている。
 しばらくして、「かはーっ」大きく息が吐き出され、体の硬直が解けた。
 すると、看護師たちが、手慣れた手つきで、木片を外したり、おむつを履かせたりしている。患者は完全に気を失っているようだ。

 野間は、出てきたドクターと目が合った。あっけにとられている野間にドクターが言った。
 「これで終了。どうだ? 驚いただろう?」
 野間は声が出せなかった。それを見て、ドクターは更に続けた。
 「これは善か悪か? どっちだろうか?」
 そう言って、ニヤリとして去っていった。

(つづく)


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