2020年2月11日火曜日

精神保健福祉士と自由を望まぬ人10

 「先輩は電気ショック療法ってどう思いますか?」
 「え? ESね。」
 「はい。」
 「う~ん。そうねぇ。どうかなぁ。けど何で?」
 「いや。実は今日、病棟の倉庫にあった古いカルテを見たら、カルテに『ES』というゴム印がたくさん押されているのを見ました。それを見たら、怖いような申し訳ないような気持ちになって。」

 そう話しながら、野間は思い出していた。
 あれはこの病院に就職してすぐの事だった。主任に連れられ、色々な病棟にあいさつ回りをしている時、ある病棟のドクターが、これからESやるけど見ていくか、と聞いてきた。
 貴重な体験である。野間はすぐに、見たいと答え、急ぎ足のドクターや何人かの看護師のあとについていく。程なく保護室に着いた。

 保護室とは、症状の重い患者を、一時的に隔離するための個室のことだ。観察のためのカメラが設置され、厳重に鍵がかけられる。ベッドとトイレ以外何もない。

 入口付近に着くと、中から怒鳴り声が聞こえる。
 「おい! 俺はどこも悪くねぇよ。キチガイ扱いするんじゃねぇ!!」
 それに対応して、冷静な声。
 「落ち着きなさい。いい? あなたは、どうしてここに連れてこられたか分からないのですか?
 「うるせえ! そんなの知らねぇよ!」
 野間は、ドキドキしながらも、入口に立つドクターや看護師らの隙間から中を覗いた。
 狭い個室の中では、目が血走った大柄な男性患者と看護師がいた。
 看護師は70歳ぐらいだろうか。小柄な老齢の看護師。冷静な声で話している。
 「あなたのために言っているの。このままだと色んな人を傷つけるし、それは回ってあなた自身を傷つけることになるのよ。」
 口調は冷静ながら、一歩も引かない迫力に押されたのか、患者が口ごもる。
 老齢の看護師が「このベッドに横になりなさい。」と言うと、「何だこのやろう!」など抵抗しながらも、なんとか横になった。
 老齢の看護師がにらみ続ける中、別の看護師たちが、素早く口に木片を噛ませ、こめかみにジェルを塗った。間髪入れず、ドクターの掛け声。看護師たちが一斉に手をはなし、一歩後ろに下がる。ドクターは両手に持った電極で患者のこめかみを挟む。患者は、弾かれたように痙攣をし始めた。「ゔーっ! ゔーっ!」何度も何度も唸りながら。やがて、痙攣が収まり、体が硬直し始める。胸はこれでもかというほどのけぞり、手足はこれ以上ないくらいに伸びている。それを、ベッドサイドで冷静に抑える看護師たち。老齢の看護師は、腕時計の針を見て時間を測っている。
 しばらくして、「かはーっ」大きく息が吐き出され、体の硬直が解けた。
 すると、看護師たちが、手慣れた手つきで、木片を外したり、おむつを履かせたりしている。患者は完全に気を失っているようだ。

 野間は、出てきたドクターと目が合った。あっけにとられている野間にドクターが言った。
 「これで終了。どうだ? 驚いただろう?」
 野間は声が出せなかった。それを見て、ドクターは更に続けた。
 「これは善か悪か? どっちだろうか?」
 そう言って、ニヤリとして去っていった。

(つづく)


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