2012年10月26日金曜日

話す人と頷く人(ショートショート)


 中村四郎は、都内の小さな精神科クリニックで精神保健福祉士として働いている。

 新規の受診患者の予診(医師が診察する前の予備的な情報収集面接)と精神保健福祉相談、医師へのコンサルテーション(福祉的な視点からの情報提供等)を担当していた。

 今日は、毎週面接にやってくる山本さんの精神保健福祉相談の面接が入っている。山本さんは、40歳代の女性でうつ病を患っている。週1回の診察に合わせて、中村との面談も予約している。

山本さんとの面接でのやりとりは特徴がある。

 

 ある日の山本さんとの面接。

 

山本「中村さん。今日は本当に困ってしまっているので相談にのってください。本当に困ってしまっていて、どうにもならないんです(涙)」

中村「ふむ。」

山本「実は、子どものことなんですよ。」

中村「ふむ。」

山本「小学校4年生の娘が不登校になりそうで心配している話は以前もしましたが、昨日今日と休んでいるんですよ。」

中村「ふむ。」

山本「朝になると頭が痛いとかお腹が痛いとか。」

中村「ふぅむ」

山本「それで本当に痛いのかなぁ、なんて思うんですが、聞いてみても本人を責めるように伝わったらいけないし」

中村「ほう」

山本「わかったわよ。とだけ言ったんです。そしたら本人安心したようで、笑顔で部屋に戻って行きました。」

中村「ふむ」

山本「けど心配なので、学校に休むと連絡した後、そっと、いいかなぁって声をかけて、部屋に入ったんです。」

中村「ほう」

山本「だって、私が病気だから子どもに負担かけてるんじゃないかって、いつも不安だったから。じっとしていられなくて。」

中村「ふぅむ」

山本「けど、もちろん休んだこととか、私が負担かけてるかなんて問い詰めたりはしませんでしたよ。

中村「ふむ」

山本「一緒にベッドに寝転んで、最近暖かくなってきたね、とか、庭の花が咲いたことを話したの」

中村「ふむ」

山本「そしたらおかしいんですよ。4年生にもなって手をつないで欲しいだって。もちろんつないであげました。」

中村「ふむ」

山本「そしたらすぐ寝ちゃったんですよ。赤ちゃんみたい」

中村「ふむ」

山本「あっそうか。やっぱり甘えたかったのかな。」

中村「ほう」

山本「最近、娘に、もう4年生になったんだから、っていうのが口癖になっていて。」

中村「ほう」

山本「きっとそうね。もっと甘えたかったんだなぁ。きっと」

中村「ふむ」

山本「そういうことだったんですね。わかりました。今日は、本当にありがとうございました。」

 

山本さんは、笑顔で面接室を後にした。

 
(終わり)



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2012年10月16日火曜日

男性患者と女医(ショートショート)


 ある精神科病院の外来ロビーの一角に喫煙室がある。

精神保健福祉士の東太郎は、いつものように、担当患者である西二郎と外来の喫煙室でたばこを吸っていた。

西は入院患者で病棟にも喫煙室はあるのだが、女性と話をすることを求めてこの外来の喫煙室に来る。50に手が届く年齢なのだが、女性が大好きで入院中の男性病棟には居つかない。そこで、しょうがなく東も喫煙につきあうこととなる。

西はいつも、喫煙室に若い女性が入って来ようものなら、喜んで話しかけていた。楽しく女性と話し、満足した生活にも見える。

ちなみに、女性と話すと、ニコニコして鼻の下を人差し指でこするのが西の癖だ。

 

 しかし、病状は軽快したため、主治医からは退院をすすめられている。

東は、主治医から、本人が退院に乗り気ではないので話をしてほしいと依頼されていた。そのため、面接室という固い場面ではなく、安心した雰囲気で話が聞けたらと思い、西の喫煙について回っている。

喫煙室に二人きりになったタイミングで、いつも退院の話をする。

「西さん。主治医の北先生が退院をすすめているそうですね。」

「うん? そうそう。そうなんだよ。けどあんまりなぁ」

「あんまり?」

「ほら、おれ兄貴がいるけど、兄貴の家に世話になるわけにはいかないからアパート探さなきゃだろ。けど、アパートなんてそんなに簡単に見つかるかねぇ」

「それは、私が一緒に探しますよ。この間も他の患者さんのを見つけてきたところなんですから」

「ふ~ん。そう、そりゃあ良かったね。けど、俺は歳だからさあ。見つかるかねぇ」

「その患者さんは西さんよりも年上でしたよ」

「ふ~ん。頑張ったじゃねえか。えらいえらい。おっと、えみちゃんじゃねえか」

 喫煙室に顔見知りの女性が入ってきた。鼻の下をこすりながら、西さんはそっちに夢中。

 

 別の日の喫煙室。

 「退院のことですが、このまま腰を据えちゃったら、退院しにくくなっていくんじゃないかと心配です」

 「確かにな。そりゃわかるよ。けどよ、今寒いだろ。冬を越えて、春になってから考えるよ」

 「退院より病院の方がいいですか?」

 「そんなことはねえよ。退院がいい。病院ってさ、一生いる所じゃねえよ。けど、無理してもいけないからよ。専門家だからわかるだろ」

 「そりゃあ、そうですけどね。」

 「おっと、あいちゃんだよ。東さん。今日はついてるよ」

 

 別の日の喫煙室。

 「西さん。主治医の先生変わるんですって?」

 「おう。そうなんだよ。主治医によって俺ら変わるからさぁ。どんな先生か楽しみ。北先生はじいさんだったからなあ。若い女医さんだといいなあ。変な意味じゃねえよ。もちろん」っと鼻をこすってうれしそう。

 「退院は?」

 「主治医が変わるんだよぉ。これから、一から話し合っていくことになるだろうなぁ」

 「そうですかぁ。なんだか遠のきそうですね」

 「まぁ心配するな。ほら、めぐみちゃん来たよ」と嬉しそう。
 


 別の日の喫煙室。

 「東さんよぉ。俺退院するわ。アパート探し頼むよ。すぐにな」

 「えっ?」

 「腰据えちゃうと退院しにくくなるだろ」

 「えっ?」

 「まぁ。主治医の南先生に退院した方がいいって言われちゃってさぁ」と鼻の下をこすった。

 そう。新しい主治医の南先生は若い女医さん。それも美人だった。
 東は、がくっときたが、まぁそれはそれでありかな。
 

(終わり)

2012年10月9日火曜日

婦長と患者(ショートショート:1話完結)

   ある精神科病院での出来事。

その病棟は、けして大きいとは言えないが小さいとも言えないぐらいの普通の病院。
   えてして病院の看護婦さん達の噂話は広まるのが早い。早いが、けっこう外れていることも多い。

その日も、看護婦さん達の間である噂が立っていた。
   それは、ある看護婦長が、自分が病棟を異動する度、ある患者さんも連れていくというものだった。
   4つある病棟にはそれぞれ婦長がいる。婦長も含めて、3~5年ごとに看護婦は担当する病棟を異動することになっていた。
   つまり、その婦長は、自分の言うことを聞く患者を便利だからという理由で、異動の度に連れていくのだという悪い噂。
 確かにそれはおかしい。患者さんを利用するために、自分の都合に合わせて病棟を連れまわすなんて。どんな鬼のような婦長だろうか。


しかし、あるとき、その噂の婦長が病棟の患者さん達と、病院敷地中央にあるお風呂に向かって歩いていた。
   先頭の婦長は、けっこう高齢。70歳は過ぎているだろう。年のせいか、よろよろとおぼつかない足取り。

  しかし大丈夫、その手を、しっかりとつかみ、手を引いてくれている人がいる。それが、例の連れてこられた患者さんだ。
   婦長より少し若いぐらい。気遣いながら、いたわりながら。しかし、しっかりとその手を引いている。

二人の付き合いは、病院の中だけのものだったが、もう40年を数える。長い歴史が二人の間にはあった。

歩く婦長は身をゆだね、安心した笑顔。患者さんは、意欲に満ちた表情。

どっちが患者さんかわからないけど、この二人はこれはこれでもいい。いや、これこそがいいのだろう。
 

(終わり)