ある精神科病院の外来ロビーの一角に喫煙室がある。
精神保健福祉士の東太郎は、いつものように、担当患者である西二郎と外来の喫煙室でたばこを吸っていた。
西は入院患者で病棟にも喫煙室はあるのだが、女性と話をすることを求めてこの外来の喫煙室に来る。50に手が届く年齢なのだが、女性が大好きで入院中の男性病棟には居つかない。そこで、しょうがなく東も喫煙につきあうこととなる。
西はいつも、喫煙室に若い女性が入って来ようものなら、喜んで話しかけていた。楽しく女性と話し、満足した生活にも見える。
ちなみに、女性と話すと、ニコニコして鼻の下を人差し指でこするのが西の癖だ。
しかし、病状は軽快したため、主治医からは退院をすすめられている。
東は、主治医から、本人が退院に乗り気ではないので話をしてほしいと依頼されていた。そのため、面接室という固い場面ではなく、安心した雰囲気で話が聞けたらと思い、西の喫煙について回っている。
喫煙室に二人きりになったタイミングで、いつも退院の話をする。
「西さん。主治医の北先生が退院をすすめているそうですね。」
「うん? そうそう。そうなんだよ。けどあんまりなぁ」
「あんまり?」
「ほら、おれ兄貴がいるけど、兄貴の家に世話になるわけにはいかないからアパート探さなきゃだろ。けど、アパートなんてそんなに簡単に見つかるかねぇ」
「それは、私が一緒に探しますよ。この間も他の患者さんのを見つけてきたところなんですから」
「ふ~ん。そう、そりゃあ良かったね。けど、俺は歳だからさあ。見つかるかねぇ」
「その患者さんは西さんよりも年上でしたよ」
「ふ~ん。頑張ったじゃねえか。えらいえらい。おっと、えみちゃんじゃねえか」
喫煙室に顔見知りの女性が入ってきた。鼻の下をこすりながら、西さんはそっちに夢中。
別の日の喫煙室。
「退院のことですが、このまま腰を据えちゃったら、退院しにくくなっていくんじゃないかと心配です」
「確かにな。そりゃわかるよ。けどよ、今寒いだろ。冬を越えて、春になってから考えるよ」
「退院より病院の方がいいですか?」
「そんなことはねえよ。退院がいい。病院ってさ、一生いる所じゃねえよ。けど、無理してもいけないからよ。専門家だからわかるだろ」
「そりゃあ、そうですけどね。」
「おっと、あいちゃんだよ。東さん。今日はついてるよ」
別の日の喫煙室。
「西さん。主治医の先生変わるんですって?」
「おう。そうなんだよ。主治医によって俺ら変わるからさぁ。どんな先生か楽しみ。北先生はじいさんだったからなあ。若い女医さんだといいなあ。変な意味じゃねえよ。もちろん」っと鼻をこすってうれしそう。
「退院は?」
「主治医が変わるんだよぉ。これから、一から話し合っていくことになるだろうなぁ」
「そうですかぁ。なんだか遠のきそうですね」
「まぁ心配するな。ほら、めぐみちゃん来たよ」と嬉しそう。
別の日の喫煙室。
「東さんよぉ。俺退院するわ。アパート探し頼むよ。すぐにな」
「えっ?」
「腰据えちゃうと退院しにくくなるだろ」
「えっ?」
「まぁ。主治医の南先生に退院した方がいいって言われちゃってさぁ」と鼻の下をこすった。
そう。新しい主治医の南先生は若い女医さん。それも美人だった。
東は、がくっときたが、まぁそれはそれでありかな。
(終わり)
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