その病棟は、けして大きいとは言えないが小さいとも言えないぐらいの普通の病院。
えてして病院の看護婦さん達の噂話は広まるのが早い。早いが、けっこう外れていることも多い。
その日も、看護婦さん達の間である噂が立っていた。
それは、ある看護婦長が、自分が病棟を異動する度、ある患者さんも連れていくというものだった。4つある病棟にはそれぞれ婦長がいる。婦長も含めて、3~5年ごとに看護婦は担当する病棟を異動することになっていた。
つまり、その婦長は、自分の言うことを聞く患者を便利だからという理由で、異動の度に連れていくのだという悪い噂。
確かにそれはおかしい。患者さんを利用するために、自分の都合に合わせて病棟を連れまわすなんて。どんな鬼のような婦長だろうか。
しかし、あるとき、その噂の婦長が病棟の患者さん達と、病院敷地中央にあるお風呂に向かって歩いていた。
先頭の婦長は、しかし大丈夫、その手を、しっかりとつかみ、手を引いてくれている人がいる。それが、例の連れてこられた患者さんだ。
婦長より少し若いぐらい。気遣いながら、いたわりながら。しかし、しっかりとその手を引いている。
二人の付き合いは、病院の中だけのものだったが、もう40年を数える。長い歴史が二人の間にはあった。
歩く婦長は身をゆだね、安心した笑顔。患者さんは、意欲に満ちた表情。
どっちが患者さんかわからないけど、この二人はこれはこれでもいい。いや、これこそがいいのだろう。
(終わり)
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