2020年3月25日水曜日

精神保健福祉士と自由を望まぬ人14

 山崎先生を探す。しかし、やはり見つからない。外来診察の無い時間帯は見つけるのが難しいので、次の日を待つことにした。
 次の日、午前中に外来診察の予定がある。野間は、開始の9時より早く、8時半には外来受付に入って待った。
 外来の看護師たちには、山崎先生に話があるので待たせて欲しいと話すと、捕まえて話すのは無理だろうと笑われた。

 しばらくして、その通りになった。ようやく山崎先生が来たのは、9時を過ぎていたのだ。
 バタバタと自分の担当の診察室に入る先生に話しかける余裕はない。ダメかと諦めかけた時、通りすがりに、先生が急に足を止めた。
 「あれ? 野間君。珍しいですね。どうしたの?」
 野間は、意表を突かれたが答えた。
 「じつは、先生をお待ちしていたんです。」
 「うん? 何か急ぎの用事かい?」
 「あっ。急ぎというほどじゃありませんので、また次回で。」
 先生は完全に体を向き直して、野間に言った。
 「気になるねぇ。本当に時間がないけど、ちょっとだけでいいから何のことか教えて。」
 それならと思い、野間は、とりあえず早口で伝えた。
 「じつは、病棟で長期の方たちを対象にしたグループワークを始めたいと思っているんです。」
 先生の動きが一瞬止まった。そして、「なるほど分かりました。それは僕も何かやるの?」と聞いてきた。
 野間は、「はい。病気の話をしてもらいたいと思っています。」と答えた。
 すると、先生は「なるほど。それは大事な試みだね。じゃあ時間無いから後でね。」と言って診察室に向かった。

 野間は、おっと思った。確かに、大事な試みだと言った。面倒くさいから嫌だと言われるかと思っていたから拍子抜けした感じ。
 先輩のウナギ犬話を聞かされていたので、山崎先生に対して、知らずに偏見を持っていたのかもしれない。そう反省した。

 そこで、相談室に戻って先輩にも言った。
 「先輩。山崎先生にグループワークの話しましたけど、大事な試みだねって言われましたよ。何だか、先輩の話聞いてたからすごい面倒くさがりな先生かと思ってましたよ。」
 先輩は、それを聞いて、「ぷぷぷぷぷっ」と笑いをこらえだした。そして、そのまま「そっかぁ。よかったね。頑張れ、、ぷぷぷぷぷっ」と。
 野間が何がおかしいのか聞いても、いいからいいから、としか答えない。
 室長に振ると、「おっと、悪いですが行かなきゃ」と出ていった。

(つづく) 
 
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2020年3月7日土曜日

精神保健福祉士と自由を望まぬ人13

 次の日。
 野間は、病棟の朝の申し送り後、ナースステーションで二人きりになった時に、師長に話してみることにした。
 「師長さん。ちょっと相談があるんですが。」
 「ん? なあに?」
 「じつは、長く入院している人たちを対象に、病棟でグループワークをやってみたいと思っているんです。」
 「グループワーク?」
 「はい。集団療法とか、集団精神療法とか言ったりもしますが、長期入院患者に退院の意欲を持ってもらったり、地域生活の知識を持ってもらうことを目的にしています。そのために、ドクターによる病気の話とか、看護師による健康的な生活の話とか、心理士による心の持ち方の話とか、薬剤師による服薬の話とか、作業療法士による家事の話とか、精神保健福祉士による社会資源の話とか。そんな知識提供の話と、毎回の患者同士の意見交換の時間を持つんです。不安や悩みを出し合えるように。どうでしょう。」
 「う~ん。それってさぁ。誰を考えてるの? 入院して20年も30年も経ってるような人? 患者を不安にさせるだけなんじゃないかしら? それは困るわよ。」
 やはりそうきたか。野間は、師長がそう言ってくるのを、ある程度予想していた。そのため、説得する言葉を用意していた。
 「確かに、それは心配ですよね。けど、この取り組みは、うちの病院ではまだどこの病棟もやっていない先進的な取り組みなんです。他の病院を見ても、やっている所は少ないんですよねぇ〜。」
 師長の表情が変わった。
 「えっと。野間さん。それほんとかしら? 松田師長の病棟も?」
 師長の眉毛がぴくっと動いた。野間は、よしっと思った。
 「もちろんです。必ずしも退院を目指すということではなく、グループワークは患者のリハビリに非常に効果的だと言われています。しかし、誰もがやれることではありません。相当にリーダーシップのある師長の病棟じゃないと無理でしょうね。あの松田師長もまだやれていません。」
「松田師長もやれていない。ふ~ん。」
 明らかに興味がある様子。なんせ表情に出さないようにしているが、細かく足の貧乏ゆすりが始まった。
 「えっとぉ。まぁ、絶対退院ということではなくリハビリ目的ならいいかもね。そうねぇ。うんうん。」
 野間が、決定だな、と思っていると、はたと師長の貧乏ゆすりが止まった。あれっと思っていると師長が口を開いた。
 「ただ、先生が何と言うかよねぇ。」

 先生とは、ここの病棟担当医の山崎先生のことだ。勤続40年以上のベテラン医師で、あだ名はウナギ犬。そう呼んでいるのは先輩だけだが。
 とにかく、するりするりと仕事をすり抜ける名人。顔もウナギっぽいが、そういう性格なので先輩は陰でそう呼んでいる。最近は、そのあだ名がナースにも伝染し始めているが。
 このウナギ犬、捕まえるのがまずは大変。捕まえても、患者の退院支援のような面倒な事には絶対に近寄らない。それに、へらへらと「患者はここでこのまま死ぬのが幸せなんですよ~。あはっあはっ」と公言してはばからない。
 とにかく、野間は、師長に、自分から山崎先生に説明させて欲しいと了解を得た。
 
(つづく)



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