2020年3月7日土曜日

精神保健福祉士と自由を望まぬ人13

 次の日。
 野間は、病棟の朝の申し送り後、ナースステーションで二人きりになった時に、師長に話してみることにした。
 「師長さん。ちょっと相談があるんですが。」
 「ん? なあに?」
 「じつは、長く入院している人たちを対象に、病棟でグループワークをやってみたいと思っているんです。」
 「グループワーク?」
 「はい。集団療法とか、集団精神療法とか言ったりもしますが、長期入院患者に退院の意欲を持ってもらったり、地域生活の知識を持ってもらうことを目的にしています。そのために、ドクターによる病気の話とか、看護師による健康的な生活の話とか、心理士による心の持ち方の話とか、薬剤師による服薬の話とか、作業療法士による家事の話とか、精神保健福祉士による社会資源の話とか。そんな知識提供の話と、毎回の患者同士の意見交換の時間を持つんです。不安や悩みを出し合えるように。どうでしょう。」
 「う~ん。それってさぁ。誰を考えてるの? 入院して20年も30年も経ってるような人? 患者を不安にさせるだけなんじゃないかしら? それは困るわよ。」
 やはりそうきたか。野間は、師長がそう言ってくるのを、ある程度予想していた。そのため、説得する言葉を用意していた。
 「確かに、それは心配ですよね。けど、この取り組みは、うちの病院ではまだどこの病棟もやっていない先進的な取り組みなんです。他の病院を見ても、やっている所は少ないんですよねぇ〜。」
 師長の表情が変わった。
 「えっと。野間さん。それほんとかしら? 松田師長の病棟も?」
 師長の眉毛がぴくっと動いた。野間は、よしっと思った。
 「もちろんです。必ずしも退院を目指すということではなく、グループワークは患者のリハビリに非常に効果的だと言われています。しかし、誰もがやれることではありません。相当にリーダーシップのある師長の病棟じゃないと無理でしょうね。あの松田師長もまだやれていません。」
「松田師長もやれていない。ふ~ん。」
 明らかに興味がある様子。なんせ表情に出さないようにしているが、細かく足の貧乏ゆすりが始まった。
 「えっとぉ。まぁ、絶対退院ということではなくリハビリ目的ならいいかもね。そうねぇ。うんうん。」
 野間が、決定だな、と思っていると、はたと師長の貧乏ゆすりが止まった。あれっと思っていると師長が口を開いた。
 「ただ、先生が何と言うかよねぇ。」

 先生とは、ここの病棟担当医の山崎先生のことだ。勤続40年以上のベテラン医師で、あだ名はウナギ犬。そう呼んでいるのは先輩だけだが。
 とにかく、するりするりと仕事をすり抜ける名人。顔もウナギっぽいが、そういう性格なので先輩は陰でそう呼んでいる。最近は、そのあだ名がナースにも伝染し始めているが。
 このウナギ犬、捕まえるのがまずは大変。捕まえても、患者の退院支援のような面倒な事には絶対に近寄らない。それに、へらへらと「患者はここでこのまま死ぬのが幸せなんですよ~。あはっあはっ」と公言してはばからない。
 とにかく、野間は、師長に、自分から山崎先生に説明させて欲しいと了解を得た。
 
(つづく)



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