2014年5月29日木曜日

精神保健福祉士と自由を望まぬ人11

 野間は、脳の深く、芯の部分に麻酔を打たれたかのように、脳全体がジンジンとしびれるような感覚になった。ショックで目の前がくらむ。
 「難しいでしょ。」主任がそう言って、視線を向けてくる。
 気づかれないように、かろうじて「そうですね」と答えた。


 あの時から、一年以上が経つが答えは出ていない。というか、そのことにまだ怖くて向き合えていない。

 うつむく野間を見て、先輩が言った。
 「小林さんのことね。退院支援について考えているんでしょ。」
 野間は、ハッとして顔を上げた。
 「何で分かったんですか?!」
 「当たり前だのクラッカー。そりゃ分かるわよ。いい? 前にも言ったと思うけど、室長語録によれば、クライエントを理解するには、クライエントの過去、歴史を理解することが必要よ。古い患者さんの多くは、ESを受けていたの。小林さんもESを受けていたのでしょう。ESは入院患者にものすごい影響を与えたわ。良くも悪くもね。ESを理解することは、小林さんを理解する一歩になると思うわ。
 野間はうなずいた。けど、どう理解すればいいのか。
 それを察して、先輩が言った。
 「言っとくけど、私に聞いたって分からないわよ。当事者に聞きなさい。当事者にね。もちろん、患者自身だけが当事者じゃないわよ。」
 そう言って笑った。

 野間にはすぐに思い浮かぶ顔があった。
 野間は、急いで立ち上がり病棟に向かった。


(つづく)



2014年5月26日月曜日

精神保健福祉士と自由を望まぬ人10

 「先輩は電気ショック療法ってどう思いますか?」
 「え? ESね。」
 「はい。」
 「う~ん。そうねぇ。どうかなぁ。けど何で?」
 「いや。実は今日、病棟の倉庫にあった古いカルテを見たら、カルテに『ES』というゴム印がたくさん押されているのを見ました。それを見たら、怖いような申し訳ないような気持ちになって。」


 そう話しながら、野間は思い出していた。
 あれはこの病院に就職してすぐの事だった。主任に連れられ、色々な病棟にあいさつ回りをしている時、ある病棟のドクターが、これからESやるけど見ていくか、と聞いてきた。
 貴重な体験である。野間はすぐに、見たいと答え、急ぎ足のドクターや何人かの看護師のあとについていく。程なく保護室に着いた。

 保護室とは、症状の重い患者を、一時的に隔離するための個室のことだ。観察のためのカメラが設置され、厳重に鍵がかけられる。ベッドとトイレ以外何もない。

 入口付近に着くと、中から怒鳴り声が聞こえる。
 「おい! 俺はどこも悪くねぇよ。キチガイ扱いするんじゃねぇ!!」
 それに対応して、冷静な声。
 「落ち着きなさい。いい? あなたは、どうしてここに連れてこられたか分からないのですか?
 「うるせえ! そんなの知らねぇよ!」
 野間は、ドキドキしながらも、入口に立つドクターや看護師らの隙間から中を覗いた。
 狭い個室の中では、目が血走った大柄な男性患者と看護師がいた。
 看護師は70歳ぐらいだろうか。小柄な老齢の看護師。冷静な声で話している。
 「あなたのために言っているの。このままだと色んな人を傷つけるし、それは回ってあなた自身を傷つけることになるのよ。」
 口調は冷静ながら、一歩も引かない迫力に押されたのか、患者が口ごもる。
 老齢の看護師が「このベッドに横になりなさい。」と言うと、「何だこのやろう!」など抵抗しながらも、なんとか横になった。
 老齢の看護師がにらみ続ける中、別の看護師たちが、素早く口に木片を噛ませ、こめかみにジェルを塗った。間髪入れず、ドクターの掛け声。看護師たちが一斉に手をはなし、一歩後ろに下がる。ドクターは両手に持った電極で患者のこめかみを挟む。患者は、弾かれたように痙攣をし始めた。「ゔーっ! ゔーっ!」何度も何度も唸りながら。やがて、痙攣が収まり、体が硬直し始める。胸はこれでもかというほどのけぞり、手足はこれ以上ないくらいに伸びている。それを、ベッドサイドで冷静に抑える看護師たち。老齢の看護師は、腕時計の針を見て時間を測っている。
 しばらくして、「かはーっ」大きく息が吐き出され、体の硬直が解けた。
 すると、看護師たちが、手慣れた手つきで、木片を外したり、おむつを履かせたりしている。患者は完全に気を失っているようだ。

 野間は、出てきたドクターと目が合った。あっけにとられている野間にドクターが言った。
 「これで終了。どうだ? 驚いただろう?」
 野間は声が出せなかった。それを見て、ドクターは更に続けた。
 「これは善か悪か? どっちだろうか?」
 そう言って、ニヤリとして去っていった。


(つづく)


2014年5月22日木曜日

精神保健福祉士と自由を望まぬ人9

 その日は、あえてその病棟は避けて、医療相談室での事務作業で時間を過ごした。
 野間はまだ、あのカルテの記録をどう捉えていいのかわからずにいたからだ。

 夕方になり、「おつかレンコン、おつかレンコン」っと先輩が帰ってきた。
 野間は、カルテのことを言おうか迷った。
 しかし、カルテを見て、怖くなって逃げ帰ってきたなんてやっぱり言い出せない。

 野間が、無意識に、「う〜〜ん。」とうなっていると、嬉しそうに近寄ってきた。
 「悩める青年よ。いいね。いいよそのうなりっぷり。いっぱしの精神保健福祉士って感じするねぇ。」
 先輩は、そう言って笑った。
 野間は、自分がうなっているのに気づいていなかったので、恥ずかしくなった。
 それを見て、先輩が続けた。
 「よろしい。今日は気分もいいし、室長語録を授けてしんぜよう。
 そう言って、話し始めた。
 「おほん。人を支援しようとするとき、悩んでしまうのは当然。完全に他人を理解できる人なんていないからね。むしろ、悩まない支援者は、弱くて独善的で未熟な支援者よ。なぜなら、そんな支援者は、必然的にクライエントを見下してしまうゲス野郎だからだ! オーイェー!」
 のってきたらしい。
 「つまり、飛べない豚、もとい、悩まない豚はただの豚だってことだぜ〜! 分かったかいフィオ。それじゃあ俺はカーチスの野郎と一戦交えてくるぜ!」

 先輩は、ここまで言って振り返り、引き気味の野間を見て正気に戻ったのか。振り上げていた腕をおろし、椅子にゆっくりと腰を下ろした。
 そして、落ち着いた声で「えっと。それからね。等身大の自分を受け入れなさい。」一息ついて、「以上、愛の伝道師が送る室長語録でした。」そう言って、微笑んだ。

 等身大の自分を受け入れる。確かにそうだ、野間は納得した。
 ありのまま先輩に話してみようと思った。


(つづく)


2014年5月19日月曜日

精神保健福祉士と自由を望まぬ人8

 倉庫に入るとあまり開けないからか、ずいぶんほこりっぽい。
 右手下を見ると、言われたとおりに背の低い棚があった。上や前には、ホコリ被ったダンボールがたくさん。前のダンボールをどかし、ほこりを払い、腰をかがめて覗き込む。中には、ぎっしりとカルテらしきものが詰まっているのが見えた。しかも無造作に、向きもバラバラに寝かして詰め込まれているので、名前が書かれているであろう背表紙が見えない。それに、背表紙が見えていても名前がないものも多い。
 貴重な記録として残しているというよりは、とりあえずしまっているといった感じだ。
 この病棟に入院している全ての患者のカルテなのだろうか。いやそれにしては多すぎる。

 野間は、とりあえず手前にある一冊を取り出してみることにした。
 随分と分厚く、片手では到底つかみきれない。
 何とか引っ張り出して、近くのダンボールの上に乗せた。
 そのカルテの束は、紐で荷造り風に十文字に縛られている。即席で作られたような背表紙を見ると、マジックで「山田太郎、昭和31年〜昭和62年」とだけ書いてある。
 昭和31年に入院して、昭和62年に退院したということだろうか。
 確かに、この患者はこの病棟にはいない。そう思いながら、野間は自分が少し興奮しているのを感じた。
 なぜなら、昭和30年代といえば、日本に抗精神病薬のクロルプロマジンが導入され、薬物療法が始められた時期だからだ。薬物療法は、精神科医療を一変させるほどの進歩をもたらした。
 それまで、大きな効果のある治療法がほとんど無く、精神科医療は困難を極めていた。薬物療法は現代に続く、近代精神科医療の出発点とも言えよう。
 この患者は、その大きな転換点に入院していたということだ。もちろん、野間も全く知らないわけではない。精神保健福祉士になるための授業で歴史を学んだことはある。しかし、やはりそれは教科書に書けるだけのきれいな情報でしかない。
 つまり、このカルテには大きな歴史の真実が書かれてあると言っても言い過ぎではないだろう。

 野間は、ドキドキと期待しながら、紐を解いた。
 1番表にある新しい紙をはがすと、茶色く変色した表紙が出てきた。触るとポロポロと崩れてしまいそう。
 時代の経過を感じさせるとともに、期待も高まる。
 一枚をそっとめくるとフェイスシート部分で、患者の顔写真や住所、生年月日など書かれている。それも筆でカタカナ書きだ。さらに期待が高まる。

 しかし、パラパラと数枚めくっところで、その期待は一気に冷めた。それどころか、無意識に眉間にシワがより、体が硬直する。
 野間は、反射的に閉じてしまった。慌てて紐で結び直して、元の所にしまい、逃げるように倉庫を出た。「急ぐので」そう言い残して、病棟を駆け出た。
 野間は、とにかく、一刻も早く遠ざかりたい。その一心だった。


(つづく)



2014年5月12日月曜日

精神保健福祉士と自由を望まぬ人7

 野間は、それ以上そのことを聞くことはできず立ち止まった。
 なぜ患者さんを殺しかけたのか、なんて、そんなこと冗談でも口にできない。人を殺しかけた話に触れるのが怖い気もしたし、それが現実に精神保健福祉士に起こったことも信じられなかった。
 頭がごちゃごちゃと混乱し、麻痺したようだ。

 反応しない野間を見て、室長は「いずれわかります。」と言った。
 そして、立ち去ろうとして思いとどまり、もう一言しっかりとした声で言った。
 「でも大丈夫。支えてもらえますよ。彼女にね。私もそうでした。

 室長を支えた彼女?
 野間には誰のことを言っているのか分からなかった。ただ考えがまとまらず呆然としてしまった。


 次の日、室長のことは引っかかったままだが、一旦置いておいて、野間は小林の退院支援について考えることにした。
 まず最初にやるべきこと。それは、主治医の判断を確認することだ。どんなに精神保健福祉士が退院可能だと考えても、治療上の責任者は主治医にある。そして、可能なら主治医と意見交換ができるのが望ましい。単に主治医の指示で動くのではなく。それが、チーム医療だ。
 とは言っても、小林さんの主治医はあの人だ。一筋縄では行かない。しっかりとした主張ができなければ。

 そこで、取りあえず小林のカルテを見てみることにした。本人を理解するためにも必要だからだ。
 「クライエントを理解するには、その生きてきた歴史を知ることが不可欠。」と、室長語録帳を紐解いた先輩から教えてもらったことがある。
 野間は、病棟に向かった。
 病棟に着くと、ナースステーションには、高齢の看護婦さんが1人。
 精神科の長期入院患者がいる病棟には、高齢の看護師が多い。他の公立病院を定年後に再就職で来たという人も珍しくない。
 長期入院病棟の変化の無さには、そのような看護師が合うということか。それとも、そのような看護師でも務まるということか。
 ただ、精神科における慢性的な看護師不足があるのは事実だ。
 そして、老齢の者は変化を好まない。

 野間は、看護師に声をかけた。
 「藤さん。小林さんのカルテを見たいんですが、どこにありますか?」
 「え? この棚にあるでしょ。」
 「あっ。すいません。ここにある5年分の前のものを全部見たいんです。支援に役立つと思うので。」
 そう言うと、うーん、と面倒くさそうに唸った。
 「それ以前のって言ったって、何十年とあるのよぉ。大変よぉ。」
 「それでも見たいんです。」
 野間も食い下がる。
 すると、「しょうがないわねぇ。病棟の廊下の奥の倉庫知ってる? そこの右側の背の低い棚の奥に入ってるわ。はいこれ。」と言って鍵を渡してくれた。
 野間は、やれやれと思いながらも、お礼を言って鍵を受け取った。


(つづく)


2014年5月6日火曜日

精神保健福祉士と自由を望まぬ人6

 相談室に戻る途中、室長を見かけた。屋外の小さなテラスで椅子に座ってタバコを吸っている。隣には、年老いた患者さん。
 無言で二人してタバコを吸っているが会話は無い。神妙に静かに。

 その雰囲気に配慮して、野間はそっと後ろを通り過ぎようとした。
 すると、急に話が始まった。室長の声だ。
 「約束通り、聞くぞ。いいか。」
 患者さんは慌てることもなく、顔を上げて静かに答えた。
 「ああ。分かっているよ。聞いてくれ。」
 室長はうなずいた。
 「入院して40年になるな。そろそろ退院してみないか?」
 一呼吸おいて、患者さんが答えた。
 「俺はまだ退院しないよ」
 すると、室長はあっさりと、「そうか。分かったよ。じゃあまたな。」
 そう言い残して、あっさりと席を立った。
 立ち上がったところで野間と目が合った。

 「おっ!」そう言って、一緒に歩きだした。
 歩きながら、懐かしそうに、「あの患者とは長いんですよ。私がここに来た時からいる。はっはっは。こう見えても、私も若かった時があるんですよ。」と言った。

 ジョーダンのつもりのようだったが、野間はもやもやしていて笑えなかった。
 そんなに長く入院している人の退院への働きかけが、あんなぶっきらぼうであっさりしたものだなんて。

 野間は、思い切ってこのもやもやをぶつけてみた。
 「室長! 本当にあの患者さんを退院させたいなら、もっと説得の方法が何かあるんじゃないですか? あんなにあっさり引き下がったらダメなんじゃないでしょうか。」

 室長は、そのまましばらく歩き、前を向いたままでつぶやくように。
 「私は、彼を殺しかけたんです。」そう言って、悲しそうに微笑んだ。



(つづく)