隣に座る高橋の話を聞くともなく、時折、うなづきながら。
高橋は、この精神科病院から退院したいと訴えている。
ただ、退院を訴えている相手は、小林ではなく、
野間は、精神保健福祉士として、
さっき、野間は、高橋に病棟で呼び止められ、 たまたま座った所に小林がいた。意図せず、小林も加わって、男三人で話す形になった。
「だからおれは退院したいんだよ。」
「そうですか。 病気も良くなったんだから退院できるはずだということですね。」
「そうそう。そうだよ。」
「主治医の先生はなんて言ってるんですか?」
「山本先生は、もう少し幻聴が治まってから考えようって。 もう少し様子を見てからだってさぁ。」
「なるほど。幻聴が聞こえるんですね。」
「いやいや。オレのは幻聴じゃないよ。たぶん。 いや聞こえるから。本当の声が。」
「そうですか。
「そうそう。そうだよ。」
「主治医の先生はなんて言ってるんですか?」
「山本先生は、もう少し幻聴が治まってから考えようって。
「なるほど。幻聴が聞こえるんですね。」
「いやいや。オレのは幻聴じゃないよ。たぶん。
少し表情が弱くなった。 自分でも幻聴を自覚し始めているのかもと野間は思った。精神障害の回復には、幻聴を消し去ることも大事だが、 聞こえていたとしても、 それが幻聴であると自覚できることも大事だ。自覚できると、 それに振り回されることはなくなる。振り回されなければ、 生活に支障が出ないから、それも回復と言って良いだろう。
野間がそんなことを考えていると、ふと、高橋は、 小林に向き直り、「なぁ。小林さんも退院したいだろ」と言った。
すると、小林は表情を変えず「僕には無理です。」と即答した。
「無理ってどういうことだよ。小林さんは、 何も問題ないだろうよ?」
すると、小林は表情を変えず「僕には無理です。」と即答した。
「無理ってどういうことだよ。小林さんは、
確かにカルテを見ても、随分長い間、 精神症状らしきものは出ていない。入院期間は35年間と長く、年齢も67歳と高いが、 体も健康だし、病棟の掃除や配膳、 声をかければ病院敷地内の掃き掃除もすすんでやってくれる。
野間も退院できるんじゃないかと思った。
野間も退院できるんじゃないかと思った。
そこで、「なぜ退院できないと思っているんですか?」と聞いてみた。
しかし、微笑んだままで答えない。
その日の夕方、野間は看護師長に呼ばれた。
看護師長は、大柄な中年の女性。豪快な言動は時に人を傷つけるが、本人はいたって気にしていない。
その看護師長からだったので、ドキドキしながらナースステーションに行くと、いきなり怒鳴られた。
「あなたねぇ! 小林さんに何言ったのよ!!」
地下から響くような怒鳴り声に、野間は飛び上がりそうになった。
(つづく)
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