「なっなっなんでですか? なんでそんなところに。」
藤さんは立ち止まって、少しだけ驚いた顔をした。そして、 一瞬だけ、微かに笑みを見せただけだった。
野間は、藤さんと別れた帰り道。暗い小道を歩きながら、 考えをめぐらせていた。
やはり強制的なESが山田さんの妄想を活発にしてしまったのだろ うか。その可能性は否定できない。過去のドクターやナースが何をしたのか。精神科に関わる、 あとに続く私たちはそれを知る必要がある。しかし、 その行為を行った個人を責める権利は無い。
もちろん、悪意をもって行った人がいるとしたら、 それは責られるべきだ。しかし、善意をもってそれを行ったのだとしたら、 そうするべきではない。それが正しかったのかどうかは、 時間の経過の中で、自らが自らを問うことになるはずだからだ。山崎先生や藤さんのことを考えると、そう思わずにはいられない。
そうなると、今の自分にできることはなんだろうか。過去を知り、 それを踏まえた上で、 今の精神科病院が患者さんにとってより良くあることができるよう に努めることだろう。退院できない状態、状況をつくったのだとしたら、 それを今から精算しなければならない。本来、退院できていたはずの多くの長期入院患者さんたちが、 退院し地域に戻るということだ。
そうなると、今の自分にできることはなんだろうか。過去を知り、
次の日の朝、野間は小林さんの病棟の倉庫に向かった。
ほこりを払いながら、背の低いロッカーから、小林さんの名前が書かれてあるカルテの束を探す。
すると、隅の方に鉛筆の走り書きで書かれている小林さんのカルテを見つけた。そっと抜き出し、近くの段ボールの上に乗せた。
ゆうに30センチ以上はあるその大きなカルテのほこりをきれいに払う。荷作り紐を慎重にほどくが、古く変色しているため、やはり端の方が一部パリパリと崩れ落ちた。
更に慎重に、とりあえずで表紙にされている便箋様の割と新しい紙を外すと、カルテの1枚目が出てきた。
まず目に飛び込んでくるのは、モノクロの顔写真だ。おそらく、小林さんであろう人物が写っている。明らかに若く、そして、険しい。写真を取る人物をにらみつけているような、困惑したような表情。今の小林さんからは想像もつかない。
何を思っているのだろうか。しばらく野間はそこから進めなかった。
(つづく)
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