2015年5月14日木曜日

精神保健福祉士と自由を望まぬ人52

 ようやく、一呼吸つき、他の部分にも目を向けられた。
 よく見てみると、分厚いそのカルテは、大きく二つに分かれているようだ。五対一ぐらいの分量。
どうやら、その少ない方が医師のカルテで、大きい方が看護記録のようだ。
 医師のカルテには、患者の写真や住所などが書かれたものが一番上にある。今ではフェイスシートとも呼ばれる、患者の個人情報が書かれたものだ。住所は、日本海側の小さな村の場所が書かれていたようだが、二重線で消されている。その上に、新たに書き加えられている住所は、この病院のものだ。
 これは何も珍しいことではない。両親が亡くなり、面倒を見られる家族がいなくなれば、生活保護を受給することを考えて、住民票を病院に移動するのだ。この時点で、実家の家も処分されている場合も多い。そうなれば、当然、退院の道は大きく閉ざされる。

 もう一つの大きな束が看護記録。表紙に同じ写真が貼られている。こちらには、フェイスシートはない。名前と写真のみ。
 一枚めくると、墨書きで細かく記述がある。毎日の様子を箇条書き的に書いてあるようだ。毎日、基本的には一行ずつ書かれている。

 野間は、医師のカルテを取り直し、大きく深呼吸した。
 他の患者のカルテであったが、以前見たカルテにあったESの印鑑の無機質な羅列。あれがこの小林さんのカルテにもあるのではないだろうか。いや、きっとある。そう思おうと、やはり以前見たESの記憶がよみがえり、ぐっと胃の辺りが重くなる。
 それでも、ゆっくりではあるが、意を決して開いた。
 最初のページの記述に目を向けようとするができない。無意識的に、引っ張られるように、ぱらぱらとめくる。ドキッという動機とともに、やはりそれを見つけてしまった。
 圧倒的な存在を誇示するかのように、それはそこにあった。

 「ES施行」

 ゴムで作られた印。ややかすれているが、太く、確かに、無機質に。それは、一つではない。間をおかずにいくつも連なっている。どこまでも続いているような、終わりの無いような。
 ぱらりぱらりとページをめくる手が少ししびれてきたような気がする。それでも、止められない。めくるたびに、鈍く、重く、それは姿を現し続ける。繰り返し現れる姿に、野間は目まいを覚えた。それでも止まらない。呆然とただめくる動作が惰性となって、ただ動いているような、そんな錯覚にも陥った。


(つづく)



 

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