2014年7月8日火曜日

精神保健福祉士と自由を望まぬ人20

 野間は、相づちをうてずに固まった。それを気にせず、山崎は続けた。
 「けど、それはしょうがなかった。それでも僕はやらなきゃいけなかった。」
 「やらなきゃいけなかった?」
 「うむ。ESをね。」
 聞いた瞬間、ドクッと、野間は激しい動悸を感じた。

 広場の片隅で立ち止まり、ただ山崎を見返す。
 風は穏やかで、木漏れ日が指している。いつもなら、散歩をする患者が4〜5人はこの広場を歩いているのだが、今は誰もいない。
 他を排し、話が進むことを、広場自体が見守っているかのよう。

 山崎は、野間の様子を確かめるようにしてから、決心したように続けた。
 「昔はね。精神医学は理論的科学的に未熟だった。それでも、僕みたいな落ちこぼれは、そこに進むしかなかった。同期の奴らに見下され、教授に言われるまでもない。自分で分かっていたよ。初めてと言っていい人生の挫折だよね。ようやく医学部に入ったのにね。家族にさんざんお金かけさせて、期待させといて、それなのに、やっぱり自分に医者は合いませんでした、なんて言えないよね。あはっあはっあはっ。」
 野間は、ようやく視線を外した。
 「つまりさぁ。僕は劣等感の塊。患者を治せない医者。それが僕だ。全然、選ばれた人間ではないよね。」
 山崎は、笑顔を作り、一呼吸おいてから続けた。
 「だから僕は、患者を治したかった。患者のためじゃない。医者としての自分のためにね。当時、ESの科学的な機序は誰にも分からなかったけど、効果があったのは確かだ。僕はESにすがったよ。だから、男の看護人たちに、嫌がる患者を捕まえ、押さえつけさせた。執拗だと思われていたよね。」
 山崎は、もう一度、固まっている野間に視線を向け、また続けた。
 「その患者の時もそうだった。嫌がるのを、いつものように看護人たちに押さえつけさせ、ESをかけた。けど、患者は痙攣しなかったんだ。ただぐったりとして。まれに痙攣しない患者もいるし、どうしたか様子を観察していた。すると、別の患者が急に暴れだしてね。慌ててみんなで向かった。それで、しばらくして戻った時には、もう手遅れだったよ。」



(つづく)




 

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