2015年2月23日月曜日

精神保健福祉士と自由を望まぬ人44

 すると、山田はスッと立ち上がり、自室に向かって歩いて行ったので、野間もとりあえずついていくことにした。

 野間が部屋に入ると、山田が笑顔で待っていた。
 「よう! 新人! 分かったかい?」
 「えっと、あの」
 野間が言いよどんでいると、すかさず山田が言った。
 「はっはっは。まあ最初は分からなくて無理ねえよ。」
 野間はホッとした。
 「いいか。今日、看護人がいただろ。」
 「看護人? 看護師のことですか?」
 「は? 何言ってんだよ。女は看護婦で、男は看護人だろうよ。」
 「ああ。そうですね。それで、看護人がどうしたんですか?」
 「あいつの靴下だ。」
 「靴下?」
 「おう。そうよ。看護人の靴下が赤い時は電パチやるっていうサインだ。」
 「電パチ?」
 「は? お前そんなことも知らないのか?! 電気ショックだよ。電気ショック。あいつらはESって暗号で言ってるけどな。俺は知ってんだよ。俺はスパイの40年選手だからな。」
 そう言って、山田は楽しそうに笑った。

 野間は緊張した。急に、苦手な話題のESの話が出てきたからである。
 しかし、山田はかまわず続ける。
 「いいかい、新人。よく聞くんだ。看護人が赤い靴下を履いている時は、この中の誰かが電パチを受ける。青の時は不潔部屋だ。」
 「不潔部屋?」
 「あるだろ、看護人の詰所の後ろに。」
 「ああ、保護室のことですか?」
 「保護室? なんだそれ。不潔部屋は不潔部屋だろうよ。何言ってんだよ。まあいいや。いいか、けど看護婦がいると厄介なんだ。看護婦が一人と看護人一人だと、靴下の色は紫が電パチだ。それから、看護人が二人だと、」
 山田が多弁に話し続ける。

 野間は、矢継ぎ早に話される、その妄想話に圧倒された。しかし、それと同時に、靴下の話は妄想だと指摘したい衝動に駆られた。今は、ESもほとんど行われていないし、看護人は看護師、不潔部屋は保護室なんだと。それは妄想なんだと。
 けど、先輩の言った室長語録が耳に残っていた。クライエントの世界に飛び込めと。
 野間は思いとどまり、また山田の話に耳を傾けた。

 どのくらい時間が経っただろうか。ふと、山田の話が止まった。
 野間が、はっと顔を向けると、山田が言った。
 「いやぁ。うれしいよ。こうして話を聞いてくれる仲間がいて。」
 野間はドキッとした。それまでの妄想の発言ではなく、正気の本心に聞こえたからだ。


(つづく)




 

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