2015年2月5日木曜日

精神保健福祉士と自由を望まぬ人43

 若狭先輩は、その険しい顔を見て、一呼吸おいてから言った。
 「鎮まり給え乙事主よ! 祟り神となられたのか! シシ神様のもとへ!」
 「えっと。あの、乙事主ではありません。」
 「いいかな、野間君。」
 若狭は急に真面目になって言った。
 「迷える子羊よ! 室長語録を聞かせてしんぜよう。えへん。妄想をもつクライエントに、支援する目的で関わるとするなら、その世界に飛び込みなさい。自分の世界からはクライエントの世界は見えないわ。クライエントの世界を知ることがそのクライエントを支援する大前提よ。」
 「クライエントを理解するということですね。けど、妄想の世界にですか? 妄想は現実ではありませんよ。」
 野間が躊躇すると、若狭が続けた。
 「この道を行くとどうなることか。迷わず行けよ! 行けば分かるさ! ダーーーッ!!!」
 アゴを付き出して、拳を突き上げ、そのまま相談室を出て行った。
 野間は、あっけにとられたが、しばらく考え、勢い良く席を立った。向かったのは、閉鎖病棟である。

 病棟に着くと、また看護師に声をかけ、奥に進む。
 すると、山田がこちらに歩いてくるのが見えた。
 野間が歩みを止め、笑顔で待ち構えるが、山田は気づかない風に通り過ぎようとした。
 野間は、さっきの親しげな様子とはうって変わって、完全に無視する山田の態度にガックリときた。
 呆然としていたら、ちらりと山田が目配せをした。あれっと思い、離れて後をついて行ってみた。
 山田は、そのまま歩き、ナースステーションの前のフロアーにあるテーブルに手を置き、椅子に腰掛けた。そして、離れて立っている野間に、また目配せをした。
 よく見返すと、どうやらナースステーションにいる男性看護師を見ろ、ということらしい。
 野間は、山田と同じように、そっと見てみるが何も変わった所はない。
 しかし、山田を見ると、こっちを見てうなずいている。
 野間は、よく分からなかったが、うなずいて返した。

(つづく)



 

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