2014年12月25日木曜日

精神保健福祉士と自由を望まぬ人39

 野間は、すぐには閉鎖病棟に向かわなかった。
 閉鎖病棟の担当の室長に、山田さんの話を聞いたり、相談室の個人記録を見てみようと思ったからだ。
 
 相談室に着いたが、やはり室長はいない。
 とりあえず、棚に並ぶ入院患者の個人記録を探すことにした。
 山田さんの記録ファイルはすぐに見つかった。見つかったが、そのあまりの薄さに野間はがっかりしてしまった。
 一応、開いてみたが、名前や住所などの紙が一枚挟まっているだけだった。
 今もそうだが、昔からそれだけ動きのない患者だったということだろうか。
 精神保健福祉士が支援に動くのは、事例性と言って、生活上の問題が出てきた時に関わりが始まる場合が多い。
 もっとも、この病院に精神保健福祉士が採用されたのは、わずか10年ほど前のことだ。それも関係しているのだろう。
 山田さんが入院したのはもっとずっと前なのだから。
 
 そうこうしていると、室長が帰ってきた。
 野間が声をかけると、いつものようににこにこして返事をする。
 山田さんの話をすると、その笑顔がさらに強くなった。
 野間が、どうしたのか尋ねると、室長は「新人研修のときのリベンジだね〜。」と言った。
 さらに、「1つ言っておきますが、彼は多弁な人ですよ。」と言った。そして、一呼吸おいて、「受験生。頑張って下さいね。それじゃあ!」。そう言って、にこにこしながら出ていった。
 
 野間には訳がわからなかった。
 「山田さんが多弁で、自分が受験生?」
 よく分からなかったが、とにかく山田さんに会うしかなさそうだ。そう思い、野間は閉鎖病棟に向かった。
 
(つづく)


 

2014年12月9日火曜日

精神保健福祉士と自由を望まぬ人38

 「朱美ちゃん。いいじゃ〜ないかぁ〜。 」星原が面白がって言う。
 野間は気になったが、先輩のいたずら顔が治まっていないので諦めた。この顔になったら、ちょっとやそっとじゃ終わらない。

 野間は諦めて、ナースステーションを出ようとしたが、思い出したように成宮に聞いてみた。
 「そういえば、小林さんが、自分は水草だって言うんですがどういうことなんでしょう?」
 「ん? それはお前、、ああ!そうだった。」
 「え?」
 「あっ!いやいや。えっと。う〜ん。あっそうそう。」
 何かひらめいたように言った。
 「俺はわからんが、水草って言ったの誰かいたなあ? ああっ! 山田さんだ。山田さんに聞いてみるといいかもしれないぞ。うん。そうだそうだ。」
 なんだか棒読みっぽい言い方で変な感じだが、一応、尋ねた。
 「山田さん?」
 「おおっ。小林さんと同じ時期に入院した患者だよ。会話できるかどうかはお前次第だがな。わっはっはっは!」面白そうにそう言い放った。

 山田さんとは、隣りの閉鎖病棟の患者さんだ。
 終日鍵がかかる閉鎖病棟に入っているだけあって、病状は重い。誰かに危害を加えるわけではないが、他からの声掛けには反応せず、ムッツリと怖い顔でただ座っている。
 野間は、参ったなぁと思っていた。
 実は、担当の病棟は違うが、就職してすぐの研修で閉鎖病棟に入った時、山田さんに何度も話しかけたが何の反応もしてもらえなかったことがあるからだ。その時もしつこく食い下がったが、結局、あえなく撃沈した。あの山田さんから話を聞くなど、無理だろうと思っていたのだ。

 しかし、この面白がって試すような成宮の顔を見ると、できないとは言えない。
 野間は平静をよそおい、「なるほど。では、聞いてみます。」と答えた。

(つづく)



 

2014年12月2日火曜日

精神保健福祉士と自由を望まぬ人37

 「クレームぐらいでがたがた言ってんじゃないよ。それから、経営のことは俺達には分からんが、ああいう役割の人間も必要だろ。」
 「そうそう。」
 「わっ! 先輩。」
 「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン。」
 「どうしたんですか。急に。それに、岩田さんが必要って?」
 「うん。では、迷える子羊に室長語録帳から答えてしんぜよう。」
 「よっ! 出た! 愛の伝道師!」星原が面白がって景気をつける。
 「おほん。精神科病院は、患者さんのために真面目にやればやるほど儲からない仕組みになっているのよ。」
 「真面目にやるほど儲からない、ですか?」
 「そうそう。医者が外来で、患者さんのために面接を1時間やったって、3分で終わったって、病院に入るお金は一緒なのよ。それで、診察料は全体的に低く抑えられてるんだからたくさんやらなきゃ病院は赤字になる。臨床にいる私たちは患者さんのためにやりたいけど、それじゃあ病院が潰れてなくなっちゃうってこと。おまんまの食い上げってこった。べらぼうめぇ!」
 「じゃあ、岩田事務長と同じに、精神保健福祉士も病院の経営のことを優先して考えろということですか?」野間は、納得できないといった顔で言った。
 「違うわよ。全く無視していいとは言わないけど、経営を考えるのは私達の役割じゃないわ。ソロバン野郎の役割よ。私たちは患者さんのために何ができるかを考える。だから、当然、ソロバン野郎とぶつかるのよ。でもそれでいいの。そのせめぎあいが無ければバランスは保たれない。」
 野間は、聴き入っていた。いや成宮先生も星原もそうだ。じっとその演説に耳を傾けている。
 「つまり、ソロバン野郎とケンカしていいのよ。もちろん、ペガサス流星拳を繰り出すような本当のケンカじゃないわよ。どっちが正しいのか競い合う、という方がニュアンスが近いかな。そして、これだけは忘れないで欲しいんだけど、常に私達が完全な正義で、相手が完全な悪ではないということ。そう見えてしまうけどね。私達には私達の正義があるように、相手にも相手の正義がある。あのソロバン野郎にもね。」
 「岩田事務長にとっての正義、ですか?」
 「そうそう。単なる金もうけではない正義よ。・・・知りたい?」先輩はにこにこして言った。
 野間はもちろん、「はい。知りたいです」と答えた。すると、「ダメよ~。ダメダメ」。

(つづく)