2015年1月20日火曜日

精神保健福祉士と自由を望まぬ人42

 ああっ。そうか。野間は分かった。
 どうやら山田は、妄想から自分をなにかのスパイだと信じ込んでいて、野間のことをスパイの新人だと思ったようだ。
 だから、秘密を漏らさないようにするために、他との対話を避けていたのだ。
 なるほど、と思う反面、野間はここで迷った。
 妄想を聞きすぎると、患者が妄想の内容に確信を持ってしまって病状が悪化すると指導されたことがあったからだ。

 野間は、色々聞きたいのを我慢して、「そろそろ行かなくては。お邪魔しました。」と言って、慌てて部屋を出た。
 相談室に戻ると誰もいない。っと思ったら、机の下から先輩が出てきた。
 「よいしょっと。」
 「わっ! どこにいたんですか?」
 「いや〜。なんとなく、びっくりさせたくってさぁ。私たち最近マンネリじゃない。刺激が必要な時期よね。」
 「なに熟年夫婦みたいなこと言ってるんですか。」
 「それよりさぁ。何かあった?」
 「えっ?」
 「いや。顔に書いてるよ。何かありましたって。」
 野間は、先輩に自慢げに話した。
 「実はですね。閉鎖の山田さんですが、自分をスパイだと信じる妄想を持っていたんですよ。本当に偶然なんですが、たまたま窓の外の」
 「煙突の煙を暗号だと言ったら話してくれた。ってことで合ってるわよね。」
 野間は目を丸くした。
 「えーー!! 何で知ってるんですか?」
 「何を隠そう、山田さんにとって、私はハットリくんこと、服部貫蔵でござる。ツバメの方ではないでござるよ。獅子丸。」
 「いや、獅子丸ではないですが。えっと、山田さんの妄想の世界ではってことですか?」
 「そうでござる。仕事も性別も自由自在。」
 野間はあっけにとられた。妄想を聞き過ぎてはいけないどころの話ではない。助長しているのではないかと思ったからだ。
 「先輩。それは楽しんでるだけではありませんか? 妄想を助長しているのではないですか?」
 野間の声は自然と強くなった。


(つづく)



 

2015年1月15日木曜日

精神保健福祉士と自由を望まぬ人41

 まただ。野間は、新任研修の時の再現にがっくりとした。
 前回は、最後は諦めたが、成宮先生の手前、今回はそうはいかない。

 隣に立ったまま、「明日も晴れるといいですね。」「朝晩はやっぱり冷えますよね」「風邪をひかないようにしないといけませんよね」などなど。野間は、思いつくままに話しかけた。
 しかし、反応はない。

 話しかけて無視されることほど辛いことはない。いたたまれない気持ちになる。
 野間は、どんどん意気消沈していき、早くこの場を去りたい気持ちが強くなっていく。
 そこを振り絞って、場の雰囲気を変えるために冗談を言ってみよう。それでだめなら今日は退散だな。
 野間はそう思って、半分諦めながら冗談を言う材料をさがす。すると、窓の外に近くの銭湯の煙突が見える。野間は、これでいいかぁと決めた。

 「あっ。銭湯の煙突から狼煙が上がっていますね。何の暗号でしょうね。」
 冗談っぽく言った。
 すると、山田がビクッとした。野間がその反応に驚いて見ていると、ゆっくり顔を向け怯えた表情で小さな声で言った。
 「あっあんた、分かるのかい?」
 「えっ?! えっと。・・・。はい。分かります。」

 野間は、もちろん、よく分からなかったのだが、何かのきっかけがつかめたかもと思い、話しを合わせることにした。

 山田は、少し怪訝そうな顔をしながらじっと野間を見ている。
 野間も自信有りげな表情を造って、その視線に耐えていた。
 しばらくして、山田が口を開いた。
 「あんた新人だろ?」
 「はい。新人です。」
 「そうだろう。見りゃあ分かるよ。俺は40年だ。」
 「40年?」
 「ああ。スパイになって、もう40年が経っちまった。へへへ。」そう言って不敵に笑った。


(つづく)




 

2015年1月6日火曜日

精神保健福祉士と自由を望まぬ人40

 鍵を使って病棟に入り、入ってすぐのナースステーションに声をかけた。
 「成宮先生から山田さんと面接するように言われて来ました。」
 「はいはい。どうぞ。部屋にいると思いますよ。」
 中年の男性看護師が返事する。

 閉鎖病棟は男性看護師の割合が高い。いざという時に、状態の悪い患者に対応するためだ。
 精神科病院の男性看護師はそのような役割も担うため、腕っぷしのいい人が少なくない。
 あまり活躍する場面がないにこしたことはないが。

 野間は、各病室の入口付近にある名札を確認しながら廊下を歩いていく。
 昼下がりの時間帯で昼寝をしている人が多いせいか、病棟は静まり返っている。中央のフロアーにあるテレビの音だけが小さくノイズのように聞こえる。
 日当たりはあまり良くない。薄暗く、ひんやりとしていて、やや湿気を感じる。

 野間は、迷わず、更に奥に進む。去年と部屋は変わっていないだろう。
 予想通り、一番奥の部屋の山田さんの名札を確認し、緊張しながら、そっと中を覗き込む。
 4人部屋の一番奥。鉄格子がはめてある窓から外を眺めるように、ベットに腰を掛けている山田さんを見つけた。どうやら部屋に一人のようだ。

 野間は、一呼吸してから明るく声をかけた。
 「こんにちは。ケースワーカーの野間です。ちょっとおじゃましてもよろしいでしょうか?」
 山田さんは反応しない。
 野間は、予想通りという風に続けた。
 「いや〜。今日はいい天気ですねぇ。」そう言って、ゆっくり窓に向かって歩いた。
 窓に向かって座る山田さんの隣あたりに来て、もう一回「いや〜いい天気だ。」と言って立ち止まった。
 「そう思いませんか?」そう言って山田さんに顔を向ける。
 しかし、全く反応はない。
 山田さんは、誰もいないかのように、ただ変わらずに外を眺めている。


(つづく)