2014年11月11日火曜日

精神保健福祉士と自由を望まぬ人36

 精神障害者の暗い歴史の一つだ。
 野間も学校で習ったので当然知っていた。知ってはいたが、知識として知ることと、体験として知ることは大きく異なる。その現実を前に、野間はただ圧倒された。
 小林のおいの迫力に押されたのではない。どうすることもできない精神科医料の歴史に降参したのだ。


 しばらく呆然としていると、星原がナースステーションに入ってきた。
 「おう。どうしたよ。カエルがケツの穴に爆竹入れられたみたいな顔して。」
 「おっ。おおっ。あれ? そっちはどうした?」
 「ああ。グループワークの後の参加患者のモニタリングに来たんだよ。面接じゃなくて、それとなく様子を知りたくてな。」
 「おお。なるほど。」
 「っで、何かあったか?」
 野間は、小林のおいからの電話について話した。
 「あのソロバン野郎! やりやがったな! 絶対わざとだよ。なぁ!」
 「おお。俺もそう思う。」
 「バチッと言ってやろうぜ。バチッとな。」
 「おう!」
 「じゃあ、そういうことで頼むわ。」
 「ん? 頼むってどういうことだよ。」
 「え? ハッハッハ。実は、うちのOT室でさぁ。スタッフの増員を頼んでんだよ。室長も歳だろ。あんまり負担かけらんねえからさ。それで、人事に関しては、あのソロバン野郎の顔色を伺うしかないってことよ。まぁ俺も大人になっただろ。そういうことですまん。」
 「おっおお〜。それうちもだわ。」
 「お? おお〜〜。マジかぁ〜。」
 「おっおう。」

 「こらオットセイども! おうおううるさいよ!」
 「おっ、成宮先生。」


(つづく)



 

2014年11月4日火曜日

精神保健福祉士と自由を望まぬ人35

 野間は、慌てて釈明した。
 無理に退院させようとしているのではないこと。お金は現在かかっていないし、かかる場合には本人に説明した上で決めてもらうつもりだということ。
 それを聞いたおいからは、本人の後、家族にも確認するように念を押された。
 野間は、分かりましたと答え、ようやく苦情から解放された。


 医療機関で規定の治療やリハビリを行うと診療報酬が請求できる。つまり本来患者から10割で支払ってもらうところを、保険証を使って、保険組合などに、例えば7割を請求できるというわけだ。患者は、本来より低い金額で医療やリハビリが受けられる。
 ただ、低いといっても3割は患者の自己負担になる。むやみやたらに行うわけにもいかない。
 一歩の会では、診療報酬として請求するかどうは、1クール終わってから考えるということにしていた。もちろん、参加患者の意向を優先して。

 それから、一生入院させるという約束。
 これは、時代背景も影響している。小林さんが入院した35年前、昭和41年はライシャワー駐日大使刺傷事件が起こった翌々年だ。
 ライシャワー駐日大使刺傷事件とは、ライシャワーさんというアメリカの駐日大使を、精神障害を持つ少年が刺したという事件だ。戦後時間が経過していたとしても、日本にとってアメリカは戦勝国である。そのアメリカの代表である大使を刺傷したのだ。日本全体が震撼し、その矛先が精神障害者に向けられる。「野放し」という言葉が新聞紙面を覆い、精神障害者に対する偏見・隔離強化は不可避のものだった。
 精神障害者は危険で何をするかわからないから隔離されて当然の存在。そのような偏見は、本人はもちろん、家族をも追いつめ疲弊させた。そのような背景から、おそらく家族が望み、医師が請け負った。


(つづく)